操体の講習を受けて(2019年版)

操体法東京研究会の定例講習に参加して(2019年版)


講習を受けて K.F 理学療法士 定例講習 

講習を受けて K.I 主婦 定例講習、足趾の操法、視診触診、視診触診

講習に参加して 土田 あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師 定例講習

講習会に参加して ゴーラー 会社員 定例講習、足趾の操法、視診触診

講習を受けて 匿名 定例講習

講習を受けて 高橋純 整体師  個人レッスン

講習を受けて 匿名 定例講習

操体は、単なる治療テクニックではない 半蔵 個人レッスン、定例講習

「講習に参加して」岡村郁生 鍼灸接骨院経営 個人レッスン、定例講習

患者から受講生へ 石田哲也 定例講習、個人レッスン他

定例講習に参加して 日下 和夫 ボディワーカ 定例講習 

「『安い、早い、簡単』では満たされないあなたへ」瀧澤一寛  個人レッスン 

「講習に参加して ~7年目の想い~」寺本雅一 定例講習他

新次元の講習へ 友松誠 定例講習

「講習に参加して」三浦寛幸 定例講習他 

東京操体法研究会の定例講習に参加して(こういう人はこの講習には不向きです)畠山裕美 定例講習他

 


講習を受けて

K.F 理学療法士 操体法臨床指導者特別講習会(2018年参加)

病気や怪我で不調になった患者さんを診る中で、個別の部位に対処しても十分な効果が得られないこと、また、そもそも不調が大きくなる前に対処するほうが有意義ではないかと感じたり、精神と身体の関係についても興味が湧くようになりました。

そこで、全身を調整して一番良い状態に導くことができる技術が知りたいと思いました。

様々な技術が溢れているためどれを選ぶか迷いましたが、調べた中で気になる治療家の方々の勉強した内容に操体法があったこと、人間について根本から知ることができそうだと感じたこと、また、源流を知る方から学びたいとの理由で三浦先生の講習会に参加することにしました。

現在、講習会に参加して約半年が経過しました。実際に操体法を臨床で使えるまでには至っていませんが、自分の身体の使い方や触診技術の向上は感じています。
三浦先生や何年も勉強されている先輩方から直接指導していただけるので、実技理論ともに分からないことはどんな質問でも答えて下さり心強く、また治療家としての在り方も勉強になります。
私は操体を全く知らないレベルから始めたため、理解できず不思議に思うことも多々ありますが、引き続き技術を学び臨床に活かせるよう励んでいきたいと感じる講習会です。


K.I 主婦 2017年参加 
 
定例講習、足趾の操法、視診触診、外気功
 
私は整体の勉強をして、自宅で開業しました。
しかし、その整体はマニュアル化されたものだったので、上手く当てはまる人が来た時には効果抜群だったのですが、そうでないとお手上げでした。
もっと勉強しなくては・・・・・・といろいろ探します。ネットで調べたり、電話をしてみたり、講習にもあちこち出かけました。
そんな時に、操体を知りました。ネットに載っていた1人でやれるものを試してみると、とても気持ちが良く、調子が良くなりました。
これはすごい! と早速、体験をやっているところに行ってみました。自分でやるのより更に気持ちが良く、身体が勝手に動きました。
終わった後はスッキリ快適でした。「よし、操体を勉強しよう!」と決めました。
勉強するならトップの先生に習いたいと思い、GWの三浦先生の短期講習を受講します。
「1日2日でわかる訳がない」という様な事を言われ、「確かに」と2年間の定期講習を受講したいと思うようになりました。
 
ただ、主婦はお金も時間も自分の自由には使えないものです。
夫には「これは先行投資だから」と言って説得しました。
子供たちには橋本先生の本に書いてある一部を読んで聞かせて、「お母さんも人の役に立ちたい」と言ったら「いいよ。やりなよ!」と言ってくれました。
家族の協力と理解があって、この講習を受ける事が出来ています。
一大決意で学び始めた三浦先生の講習、まだ1年ちょっとですが、今まで全く知らなかった事をたくさん学びました。
子育てにも役立ちました。何事も快か不快か聞き分ければ良いのですから、物事がシンプルになりました。
まだまだ訳がわからないながらも、結果が出るようになり「身体が軽くなった」「良くなった」「嬉しい」と言われることが増えてきました。
これは、畠山先生の足趾の操法、外気功を習った事が役立っています。
ここでしか学べない事を学べて本当に受講して良かったと思っています。
 

 
土田 あはき師 操体法臨床指導者特別講習会

私が最初に操体法に惹かれたのは、治療法でありながら健康法でもあるのでは? と感じたからです。

たとえば縮こまった筋肉をマッサージで緩めれば、あるいはゆがんだ骨盤をアジャストすれば、適応症であれば痛みや痺れ、または運動制限でも改善します。

しかし、また元の生活に戻れば、同じ慣れた動きや姿勢の中に戻ってしまえば、いずれまた同じ不具合が出てきます。
狂ったアライメントを他力で正しても、正しい状態を維持するバランスのとれた筋力が付いてこなければ、いずれまたアライメントも狂ってきてしまうのは、当然と言えば当然のことです。

そこで、それと同時に、あるいは具合が良い時に、いわゆる健康法をするようにおすすめします。
現状の改善は他力で、根本の健康は自力で。
一件落着、やるやらないは、本人次第ということで・・・・・・。
 
・・・・・・もう少し寄り添いたいものです。
第一、健康法といってもコツを知る前に無茶をして、かえって体を傷めてる人もたくさんいます。
「ヨガをやったら腰傷めた」 なんて、実際何人も知ってます。

そんなことを考えている頃、20年ほども昔にほんのさわりだけ教わった、操体法というものを思い出しました。
『あれは患者に自力で動いてもらうのだから、筋力もバランスが取れるのでは?』 と考え、きちんと身につけてみようかと、調べてみたら……。

“原始感覚” “連動” “楽から快へ” 興味をひかれる言葉があふれていました。西洋医学から東洋医学までを横断する奥深い世界観に圧倒されたからには、やらないわけにはいきません。

実際に学んでみると、操体法は感覚をとても大事にします。
それが全てかもしれない。
施術者だけではなく、患者にこそ感覚を要求します。要求なんていうと間違いそうです。からだにまかせる。
頭を捨てて、からだにききわける。そして快の方へ向かっていけば自力で良くなる。

そして感覚がよくなって、からだにききわけられるようになると、自分で何か健康法やスポーツをやっても、体を壊すこともなくなりそうですね。

通い始めて半年と少し、まだ臨床に活かせるところまで学べていませんが、そうなるのがたのしみです。

表層の現象(テクニックややり方) ではなく、本質を学ぶ愉しみが、ここにはあります。
 

 
ゴーラー 会社員 定例講習、足趾の操法、視診触診
 
操体を学び始めて1年半ほど経ちました。スポーツで身体を酷使し、セルフケアに興味を持っていました。
そんな中、操体と出会いました。
正に運命的、直感でなんだか良さそうだと受講希望のメールをしていました。全くの素人にもかかわらず、「真っ白でよい」という先生や諸先輩方のオープンマインドに支えられ、今に至っています。

「きもちよさでよくなる」
何とも不思議な事ですが、講習中もその場にいるだけで気持ち良さが伝わってくるのです。今では多少の不調は自分でコントロール出来るようになってきました。

歳を重ね仕事で得られる経験も
少なくなってきましたが、週末に新しい学びをする事で日常にも充実感があります。

まだまだ勉強中、点と点がいつか線になるのを楽しみに、これからも学びを深めたいです。

匿名 会社員 定例講習他

操体法の優れている点はもちろん、盲点となりがちな課題の生かし方を、第二分析から第五分析と段階にあわせて教えていただけます。からだだけでなく、人生そのものについて深く考える時間になりました。自分の生活の質を自分で守る事を学べる講習会です。


「講習を受けて」「まずはからだの反応にゆだねる。からだの可能性を素直に信じてください。頭でごちゃごちゃ考えなくもていいんです」


高橋 純 整体師 日本トレーニング指導者協会認定 JATI-ATI
参加している講習 個人レッスン 


私は三浦先生の個人レッスンを受けています。
操体と出会うまえの私は、他力療法の世界にどっぷりと浸かっていました。
それ以外の世界を知らなかったし、施術する側とされる側の図式しか頭にはなかったのです。

即効!腰痛撃退○○テクニック、わずか1分で変わる○○式テクニック。
施術家向けの冊子が送られてくるたびに、反応してしまい思わずDVDや書籍を買う。
そんなことを繰り返していました。
今までそれらに一体いくら使ったでしょうか。

薄々気が付いていたんです。こんなことを続けてもきりがないなと。
施術家を対象にしたテクニックDVDや本は次から次へと出てきます。
買ったときはやる気が1番高いとき。
でもしばらくすればいつもの自分に戻っている。

今まで買い続けてきたテクニック物は、その先生たちが独自の理論を持っています。
もちろん、研究もして効果を出してきたからこそ販売しているわけです。
それがいいとか悪いとか決めるつもりはありません。
でも、今はからだの診方がガラリと変わってしまったのです。

当時、患者さんによく質問されました。
「先生、腰とか肩とか痛くなったりしないんですか?」
お約束のように「はい、まったく気にならないですね~」ウソばっかりです。
「いや~本当は私もあちこち痛くて、今も右肩がすごく辛いんですよ」
「もう押したり揉んだりやりたくないんです」とは言えなかった。

人を元気にするのが仕事。
その人間がそういうことを言うな。そう教わっていたからです。
でも自分のからだがボロボロっておかしくないか?ずっと思っていました。

当時はからだの使い方も動かし方も考えていませんでした。
だから1日が終わるとヘトヘト。肉体労働って仕事した気になるから怖いですね。
私にはからだからのメッセージが聴こえませんでした。

このままはでいけない。
他力療法を卒業したい。そんな気持ちを強く持ち始めたのです。
これについては今も完全に卒業できたわけではありません。
切り替え途中です。

操体では「場の空間」を大切にしています。
よりよくからだの声を聴きわける。
変化、反応を導きだすには場のもつ力は大切なのです。
私が働いている職場環境では、残念ながら全部を満たすことができません。

 

限られた条件の中で、どうすればいいのか。
試行錯誤もしています。しかし、以前よりも遥かにからだが発する声を聴けるようになっています。
私にとってからだを傷めないような使い方、動かし方を身につける。
これはとても大きな収穫です。

個人レッスンではからだの使い方、動かし方を徹底的に練習します。
技術に偏らず同じくらい哲学も学ぶのです。
そして今までのものを跡形もないくらい完全に壊します。


多くの施術家は自分のからだの使い方が雑です。
私も含めて知らないし、教わってもいない。
さらになぜ壊れるのか。考えてないから壊れても仕方ありません。

だからこそ古い考えを徹底的に壊して、新たに作りだす作業がいるのです。
頑固にこびりついてしまった、からだにとって必要のない知識や常識。
この「呪縛」を抹殺しなくてはいけません。


初めのころはターミナルのあの独特の空間に、からだがまったく馴染めなかったのです。
あの空間はほんとに独特なんです。
講習を受けている人ならきっとわかると思いますが。
今では、落ち着く第3の場所だと思えるくらい変わりました。

からだを部分で診ない。全体の調和。自力自療。
感覚を大切にする。刺激と接触のちがい。呼吸や皮膚との関わり。
素直なからだの反応。「操者、被験者、からだ、空間」

えッ?どういうこと?なじみのない、聴きなれない言葉がいくつも出てきます。
でもなぜだか心地よく響くのです。きっと求めていたんですね。


個人レッスンをどんどん重ねていくことで、凝り固まっていたものが剥がれ落ちてきました。
レッスンでは必ず自らが体感する時間があります。
色々な感覚を何もかも。ただ、ひたすらからだに通すのです。

ごちゃごちゃ考えません。そう考えさせないのです。
思考させないのです。思考はときに邪魔になるのです。
今その瞬間のからだが感じる素直な感覚を味わいます。
どっぷりと浸ります。

からだの中をいろいろな感覚がかけ巡りますよ。
まかせてしまう、委ねてしまうっていいですね。
それだけでからだって変わるんですよ。
素直になればいいんです。
「あぁ~からだとこんな気持ちで向き合えるんだ」

その結果として痛みや不調が変化するのです。

これって、特殊能力でも特別な才能でもありません。
練習すると磨かれてきます。だって元々備わっているんですよ。

ただ、言葉するには限界がります。体感してみるのが1番です。
理屈ではく、自らのからだに通して体感して練習するとわかります。


「講習に参加して」

岡村郁生 鍼灸接骨院経営 個人レッスン 東京操体フォーラム実行委員 

 

講習を受けてみて、治療が嫌いな私自身が誰よりも驚いた。

摩訶不思議な事実は、愁訴を抱える患者と向き合う必要はない、この事実だ。

 

私は、興味のもてない勉強なんて嫌いだし、尻拭いの症状を治すことも嫌い。

仕方なく生活の為に働くのも、我が儘まじりの愁訴に付き合うのも嫌な人間で、その理由は、患者はどこか他人任せ、治るための自己努力を放棄しているから。

 

どうしても患者と向き合う事は必要なのかと悩んでいる時に、普通の講習とは異なり、今まで勉強してきた理解を超え、次元を飛び越えてかつ留まることのない、深めていく喜びと共に流れるような操体の講習はここにあった。

 

三軒茶屋の一室にて行われるレッスン。

ここは日々の精進から来て、自然法則を習う。

イノチの営みを学問する場そのもの。

 

からだを通しては実感し、からだに委ねる感覚を通し、更に敢闘して感謝する。

橋本敬三哲学に始まり、操体臨床の応用まで噛み砕き、吸収する場。

 

元々救いが成るイノチと共鳴し、師の語る操体の分析方法に共感し、第一から第五までの分析方法を学び、真理の螺旋階段を感覚しつつ更に登る道を行く。

 

最新の第五分析。

この新鮮で斬新な感激を味わうことは、他の操体講習では決して味わえない。

現象と潜象を繋ぐ重力と振動は、量子力学にも人間原理にも適っている。

からだの要求という、時間や空間を超えた、現象以前の救いを体感してしまう。

 

そのスタート地点とは、この講習に参加することから始まる。

目的地は生かされている悦びであり、僥倖ある自分自身の希望となる。

快の本質はある。ただの夢物語でなく、夢は馳せてこそ悦びの種となる。

さぁ勇気ある選択を! 愉しき中継地点の駅にてお待ちしております。

みつよし接骨院

〒253-0006神奈川県茅ヶ崎市堤73-1 TEL/FAX 0467-51-7508


操体は、単なる治療テクニックではない 

半蔵 東京操体フォーラム実行委員 個人レッスン

操体は、単なる治療テクニックではなく、生活全般に関わる体系なので、学んでいると新しい自分を発見します。操体を学ぶということは、自分の鮮度を保つということだと思います。臨床の事に留まらず、一人一人が自分の人生を創造していることに気付いた方が豊になれると思います。


患者から受講生へ

石田哲也 会社員(営業)足趾の操法、視診触診、個人レッスン、(以前は定期講習参加)東京操体フォーラム実行委員


私はかつて患者として操体を受けていました。
毎日、首や肩の痛みや違和感が抜けきれず、刺激の強い足裏マッサージや整体、鍼など毎週のように通っていました。
母も患者であったことから私も三浦先生のところに通うようになりました。
週に一回、通院後2ヶ月には自然と首や肩に違和感が無くなりました。
なぜ? という疑問が頭から離れずに三浦先生に
「これは習えば誰にでもできるようになるんですか?」と聞くと、
「プロセスを踏めば誰にでも出来るようになる!」という返答をいただきました。
現在の私は営業で会社に雇われいる身です。
定年後に第二の人生のため、何か始めてようかな?と考えることがあると思います。
しかし本当に自分のやりたいことを探すというのは、なかなか難しいのではないでしょうか?
私は講習参加を決意した時のことを思い出すことがあります。

この操体は誰にでもできることではあるけれど、どこにもでもあるものではないと感じました。

操体って何なのか?よくわからないという心配があると思います。
私自身も他人のからだ診ることなど経験がありませんでした。
講習に参加して思うのですが、もしかしたら鍼灸などの知識がない方のほうがすんなり学べるかもしれません。
操体を知った後の人生はまるで景色が変わりました。
特に普段から患者様に接していて悩んでいる方は是非おすすめです。
私もまだまだ勉強の身です。
もしご興味ありましたら一緒に学びましょう!


定例講習に参加して 

日下 和夫 ボディワーカ 東京操体フォーラム実行委員

 

ボディワークを学び始めた頃の私は施療におけるハウツーこそが療術テクニシャンになれる最良の方法だと信じていました。 しかし、年月を経るにつれこういったハウツーテクニックに疑問を持ちはじめるようになっていったのです。 それは手技マニュアルの治療体系が先にあり、それに被験者を合わせるというもので、からだに感応する療法ではないと思うようになったからです。 

そこで古今東西のいろんな療法を物色し始めるようになりました。 そんなとき、ある操体の本に出会うことになったのですが、正直言って他の療法と同様のハウツーだと思えたのです。 それでも1年ほどその理論を取り入れた施術を試みたのですが、やはりさほどの収穫も得られなかったのが事実です。 

さらに他の療法を探し求めようと、書店で目にとまった本のタイトルが 『快からのメッセージ』 だったのです。 これがきっかけで東京操体フォーラムにはじめて参加しました。 その夜の懇親会で 「渦状波」 なる一見怪しい療法を三浦先生より直接聞くことができました。 

またそれがきっかけで2年間、定例講習を受講することとなり、後に操体の施術を本格的に取り入れるようになったのです。 今想えば、あの講習はハウツーではなく、私にとって瞑想だったように思います。 講習の内容は、眼を開くアートであり、眼を洗い清めるアートでもありました。 

講習における実在する瞬間というのはたった今であり、ただ見るということがこの上もなく新鮮であったことを覚えています。 ある物事や状態について、事実あるがままを見る、まさに 「感応」 の講習であったものだと確信しています。


「『安い、早い、簡単』では満たされないあなたへ」

瀧澤一寛 操体を日々実践する人 個人レッスン 東京操体フォーラム実行委員

 

三浦先生に出会い、8年が過ぎようとしていますが、ここでの操体の勉強は一向に飽きることはありません。

東京を離れた今でも、月に一度は上京し、「未知なるからだ」との遊びを愉しんでいます。

なぜ、飽きないのか。

それは、

からだの「答え」を求める勉強ではなく、からだの「応え」を感じる勉強だからです

ここでの応用範囲は広く、

自身の健康維持にも、臨床にも、生きることにも、およそ身体表現と呼べるものには全て通じています。

さらに、ここ数年で新たな次元に突入しました。

「安い、早い、簡単」では満たされないあなたへ。

まだ「操体」を知らないのであれば、そのまままっさらな状態で、すでに「操体」を知っているのであれば、なおまっさらな状態で、自身の「からだ」の新たなページを開いてみてはいかがですか。

ページを開いて気づくはずです。

満たされない理由は、「からだの要求」にあったんだということに。


てまり堂
028-0023 
岩手県久慈市新中の橋4-32-5パークハイツ1F 
080-8205-0757
sotai@temarido.com
www.temarido.com


「講習に参加して ~7年目の想い~」

寺本雅一 舞台関係、寺院関係 定例講習、足趾の操法、視診触診、個人レッスン、その他短期講習など 東京操体フォーラム実行委員

操体の門を叩いてから今年で7年目になります。

その前は手技療法などの世界とは全く畑違いの人生を送っていましたが、「もう少し、自分のからだのことについて、自分で理解していたい、わかっていたい」という、心のなかにずっと燻っていた要求のようなものに後押しされて、腹をくくって足を踏み入れました。今振りかえってみると、この時の想いは、ある面において昇華されてきているように感じています。

今でも自分のからだについて「わからない」ことはたくさんあります。でも今は、わからないことがあってもいいんだな、わからなければ、例えば「からだにききわけて」みればいいんだ、と、思えるようになりました。そういうからだとのお付き合い、程よい距離感が自分には必要だったんだと知りました。

私が未だに学ぶことを続けているのは、ある時師匠から「自分のイノチを何の為に使っているのか」と問いかけられたことに深く共感したことがあるからです。「そうだ、昔からこのことについて、ずっと自分は掴みあぐねていたんだ」。その忘れかけていた的を的確に射抜かれたように感じました。「自分がすること」として、可能性に満ちている「操体」から学んだことを、自分のイノチを使ってどう生かしていくのか。今は自分なりにそれを実践し、検証している最中です。

「操体」との出会いは人それぞれあると思います。ほんの些細な何かの御縁に引き寄せられて、この世界に足を踏み入れようと考えている方もいるかもしれません。操体法東京研究会の講習では、創始者である橋本敬三先生の面影を感じながら学ぶことができるはずです。そして、それは過去の遺影ではなく、師が成してきたことを検証し、師が成そうとしてきたことに想いを馳せながら進化している学びの中に今も息づいています。そういう操体を学びたいんだという方、また実際に体感し、大いに吸収したい方は、腹をくくって門を叩いてください。畑違いであっても全く問題はなく、寧ろあなたが学びたかったことが、思いもよらぬカタチで転がっているかもしれません。本当に不思議ですが、操体という学問の器は、それだけ広く、深く、澄み渡っているように思うのです。


新次元の講習へ。

友松 誠 自営 操体法臨床家コース他 東京操体フォーラム実行委員

私がはじめて三浦寛先生の講習を受けたのは、もう一五年ぐらい前となります。


当時はもう、楽かツライかの運動感覚差を確認してから操法を行う第一分析ではなく、一つ一つの動きに気持ちよさの有無をききわけてさせる第二分析が講習の主体となっておりました。この第2分析は、一つ一つの動きがどのように連動し、からだの求める快適感覚につながるかという事を、自らのからだをとおして深めているほど、相手のからだの要求にも応えられ、効果も上げられる。
そして、自分自身もからだからの学びのなかで、ナチュラルさをとり戻していき、それが臨床に於ける介助補助の向上にもつながり、臨床効果を高める事にもなる。
今はもう、診断分析法も第5分析まで進化していますが、第2分析を学んだだけでは思うような成果があげられなかった人も、第5分析を学ぶ事で自らのからだのバランスだけでなく、この空間の中で生きる生命としてのバランスが向上し、同じ空間で共に生きる他の生命のバランス向上にも導く事ができると感じます。


第5分析は今までの常識を覆すものですが、常識というのは次元、着目している面が変われば覆るのが必然です。治すのは施療者ではなく、からだであり生命ですから、次元を変える必要があります。
三浦先生は、橋本敬三先生を意志を継ぎ、50年以上にわたり生命の本質と向き合い学んでこられました。そして、何年も前から第5分析の内容は常識を覆すものだが、本物で間違いのないものだと確信した上で、公に公開することはせず東京操体フォーラムなど限られた場でのみ時折開示してきました。


今回、この講習の情報に触れたことは幸運であり、御縁のある事なのだと思います。操体をはじめて学ぶ方は勿論、以前に講習を受けたことがある人にも、本物に触れ、本物の持つ可能性を感じていただきたい。特に、以前にどこかで操体を学んだ事のある人には、創始者の遺志を継ぐ本物に触れていただきたいと思います。


講習に参加して

三浦寛幸 全ての講習(アシスタントとして)東京操体フォーラム


操体を学ぶ前の私は洋服屋の仕事をしていましたが、常に自分の生き方に迷いを持ちながら日々を何となくやり過ごしていました。

そんな生活の中で自身の生き方における迷いを消してくれたのが橋本敬三先生や三浦先生の本でした。

私はこういったこともあり、操体の臨床家を目指すというよりも操体の哲学に感銘を受け、自身の生き方を変えていくことが学ぶ目的の一つでしたが、その目的は自ずと叶い現在は臨床家を目指すようになったのです。

現在は講習の場で準指導者として講習に来ている方達と学びの場を共にしていますが、何年経っても操体の学びは新たな気付きを与えてくれます。

それは操体を学ぶことは臨床学だけでなく、人生哲学を学ぶことにも繋がり、もっと深めていくと生命哲学という他では決して学ぶことが出来ないことにも繋がっていくからです。

そういったことに触れられるのも操体の学びならではだと思います。


東京操体法研究会の定例講習に参加して

畠山裕美 東京操体フォーラム実行委員 定例講習他。


「操体をやっている人は星の数ほどいるけれど、操体の専門家は数えるほどしか存在しません。操体専門臨床家への登竜門、それが操体法東京研究会の定例講習です」

簡単にまとめますと、私が操体法東京研究会の定例講習に参加したのは、三浦先生のあくなき操体への求道心に共感したのと、操体の理論に共鳴したからです。
今年で操体を学び始めて25年位になりますが、面白い上に、相変わらず進化が止まりません。「家元が一番アバンギャルドである」というのをそのまま体現しているのが、三浦寛先生です。

そして、第二分析から第五分析、連動は、三浦寛先生が創案、体系づけたもので、これらの分析法は、操体法東京研究会でしか、学ぶことができません。
(こちら以外、あるいは一般社団法人日本操体指導者協会会員以外が講習を行っていたりした場合は、ホンモノではありませんのでご注意ください)

★アバンギャルド:「既成概念に囚われず、新たな表現方法を開拓しよう」という20世紀初頭に起こった芸術運動

また、私が入門した当時は第三分析が確立されており、私が入門した当時、三浦先生は「連動」に関する研究をなさっている最中で、その直後に「手関節と足関節、末端関節からの全身形態の連動」をまとめられました。これは、操体関係者よりも他の療法の方や、スポーツ関係者に受け入れられました。

何故かというと、橋本敬三先生も、著書の中では「末端は全身形態に連動する」とは書かれているものの、どこがどう連動するか、という説明はなさっていなかったのです。なので、多くの操体関係者は「患者の動きなんて、みんな違うじゃん」(三浦は何を言ってるんだ)と言ったのです。目線の効用について最初に操体に取り入れたのも、三浦先生です。

しかし、連動の法則は「ボディに歪みがなければ、全身形態は、ある一定の法則に従って動くが、(自然な連動)ボディに歪みがある場合は不自然な連動を起こす」ということです。つまり、操体関係者が「患者の動きなんてみんな違う」と言ったのは、当然です。患者(被験者)は、ボディに歪みを抱えているからです。
動きが皆違うのは、理に適っているのです。

このように、連動、またこれから説明する「快適感覚に特化した動診と操法(第二分析)」、皮膚へのアプローチ、すなわち渦状波(第三分析)も、三浦先生が発表した当初、操体関係者は、否定したのです。

しかし、今現在では当時それらを否定した関係者も、快とか目線とか皮膚など、を認めはじめています。
しかし、多くはきちんと三浦先生から学んでいないため、中途半端になっています。例えば「楽と快の区別がついていない(第一分析と第二分析の区別がついていない)」。
皮膚へのアプローチも最近は類似的なことを行っているところがありますが、大抵は皮膚に対する刺激(引っ張るとかずらすとか捻るなど)です。


例えば、「快」。操体は当初、楽か辛いかの二者択一の分析が殆どでした。橋本敬三先生の操法の中には、二者択一ではなく、「この動きは比較的きもちいい」一つの動きをさせるもの、例えば前屈なら前屈(前屈と後屈は体の構造上比較対照できる動きではない)や、百会の辺りや頸椎7番の辺りを押さえて、首を上に伸ばすようにさせるというものもありますが、多くは楽か辛いか、やりやすいかやりにくいか、の二者択一です。

そして、橋本先生が85歳で現役を引退なさった時、またはそれ以降に「きもちのよさで良くなる」「楽と快は違う」「動きより感覚の勉強をしなさい」とおっしゃり、そこから「快適感覚に対する動診と操法」つまり、一つ一つの動きに、快適感覚の有無を問いかけ、きもちのよさがあれば、そのきもちよさを十分味わうという第二分析が誕生しました。

なお、やり方は第一分析なのに、言葉だけ「快」「きもちよさ」を使っているケースが非常に多く見られます。「楽な方に気持ちよく動く」という指導です。日本の操体指導者の99パーセントはこのケースに当てはまるか、もしくは「楽」と「快」の区別、第一分析と第二分析の区別がついていません。

そして、皮膚への接触、渦状波。橋本敬三先生は「運動系」の定義に「皮膚」をも含めていらっしゃいます。また、これは操体の盲点でもある「動けない患者、被験者に対してどうするか」という問題を解決し、操体の可能性を一気に広げました。

その後、呼吸を用いる第四分析、操体の概念を変えると言ってもよい第五分析など、時代のニーズに応じつつ、自然法則の応用貢献が進んでいます


そもそも私が操体を初めて習ったのは、三浦寛先生ではありませんでした。が、私自身が操体を勉強しようと思ったのは「操体法治療室」の三浦先生のパートを読んだからです。
操体法については、高校生の時、別冊宝島の「東洋体育の本」を読んでいて、知識はありました。しかし、多くの操体関連書籍がそうであるように、読んだだけでは分からず「なんだかよくわからない体操みたいなもの」という印象を持っていました。それをくつがえしたのが「操体法治療室」です。
その頃私は大手の整体学校に通っていましたが、そこで学ぶのは「OJT」(On the job training)
と言えば聞こえがいいですが、学校併設の治療院、接骨院で即戦力になるような、テクニックばかりのものでした。私が操体に惹かれたのは「受け手の感覚」を重視する、あるいは、からだと心の繋がりを重視していることでした。また、当時は「痛い治療や施術は効く」という時代で、我慢して痛いのを受ける、という時代でしたが、「きもちのよさ」で良くなる、つまり、きもちのよさを味わうことによって、ボディの歪みが正され、患部(痛いところ)を直接操作せずとも、二次的に症状疾患が解消される、というセオリーでした。

もう一つは、私のルーツ(私は東京生まれですが、両親は宮城出身で、仙台は親戚が多く住んでおり、更に私は伊達政宗公が好きななのです)にも大変近い、仙台で生まれたもの、というのもありました。

三浦先生の講習(操体法東京研究会の講習、この講習です)に参加したのは、2002年のことですが、当時私は既に操体専門で開業しており、講習もある程度こなしていました。
操体関係の書籍も一冊出していました。

なぜ、三浦先生の講習に参加したかという理由をお話しましょう。
それまで私は第一分析と連動操体っぽいものをやっており、そこそこ結果を出していました。しかし、東京操体フォーラムの前団体とも言えるシンポジウムの場で、三浦先生の実技を見せて頂き、自分は「快とかきもちよさ」という言葉を使っているけれど、「快適感覚」と「楽な動き」、つまり感覚分析と運動分析の区別がついていなかったことに気がついたのです。

また、三浦先生の治療室に伺って「患者が美しく舞っている」姿を見、更には自分自身が患者として伺った時に受けた「皮膚へのアプローチ」、渦状波®には衝撃を受けました。

今まで私がやっていたのは、楽と快の区別もついておらず、また良かれと思って色々試行錯誤してやっていたことは、そこそこは間違っていませんでしたが、肝心なところが抜けていたのです。

そこで私は、それまでやっていたことを封印し(当然反対されましたが、反対する方々とは決別しました)、操体初心者として、三浦先生に弟子入りしたわけです。

そして、2006年、三浦寛先生に入門して4年目、三浦寛先生、今昭宏先生と共著で「操体法 生かされし救いの生命観」を出版することができました。

現在は、操体法東京研究会の師範代、三浦先生が不在時の講師代理、足趾の操法®集中講座の講師、視診触診講座の講師をつとめさせていただき、2010年から数回にわたる海外での操体セミナーには、サブ講師として操体の指導にあたらせて頂いております。

操体法東京研究会に参加してから、17年目になります。私よりも先輩は、岡村さんと半蔵さんですが、このように長い目で研究会の様子を見ていると、気がついた事があります。

操体の習得には3つの大きな軸があるということです。
1. 操体理論。橋本敬三の哲学などの理解
2. 実技(介助法、補助法、動診、操法)
3. 道具(ツール)。操体では道具は使いませんが、実技の結果を最大限に引き出す身体的な基礎を「ツール」と呼ぶならば、作法の習得、操体的なからだづくり、言葉の誘導、臨床家の手(触れた際に相手に不快感を与えない、癒しのちからのある)の作り方などです。

多くの操体法の講習で指導しているのは「2」それも、介助法補助法を指導しているという話は殆ど聞きません。2.実技 の 動診と操法 のみです。また、1.の操体理論、橋本哲学についても指導している、というところもあるかもしれませんが、操体理論の「第二分析以降」の理論指導をしているのは、操体法東京研究会のみです。

そしてもう二つ、重要なことがあります。
それは、操体の特徴「症状疾患にとらわれない」という方法を学べることです。症状疾患にとらわれない、とは、腰痛に効く操体法とか、膝痛に効く操体法とか、肩こりに効く操体法というのはない、ということです。
それでは、どうやって操法を選ぶのか。
大抵は、基本操体を一通りやって、自分が知っている動診と操法をやって、あるいは、○○に効くと、書かれている操法を選んで、という過程を経ます。
この、動診と操法を選ぶというのが操体の勉強の大きなヤマの一つです。
操体法東京研究会では、そのコツを学ぶことができます。
そして、その勉強は「想定外に強い」操体臨床家を育成します。

実際の臨床は「想定外」が殆どです。テキストに載っているような割り切れる症状の患者様やクライアントはまず来ません。いかなる(操体以外)の臨床、治療法においても、想定外に強いというのは強力です。

もう一つですが、操体を学ぶ事によって、操者自身の健康維持もはかることが可能です。


橋本敬三先生が、患者に対しては「操体は簡単だから、ちょこちょこっと自分でやればいい」と指導なさっていたのに対し。弟子には「よくこんな難しいことに首をつっこんだな」と、その大変さを労いつつも「操体は面白いぞ。一生たのしめるからな」とおっしゃったことが本当に良く分かります。

なお、この講習に向かない人を挙げておきましょう。

 短期間でテクニックだけ身につけたい人(2だけ覚えればいいと思っている人)
師弟関係というのはバカらしいと思っている人(ルークとヨーダの関係がバカらしいと思っている人、と思って頂いても構いません)
 操体は健康体操であり養生法だと思っている人
知的財産に対価を払うのは馬鹿らしいと思っている人