すこしづつ増やしていく予定です。
第2分析
第3分析
操体という名称がついたのは、NHKテレビ出演以降のことである。DVD「橋本敬三の世界」を見ると、『橋本さんの治療法』と言われているし、勉強会の名称は「東洋医学セミナー」である。恐らくNHK出演の翌年あたりに「操体」という名前がついたと考えられる。「操体法」というのは主に臨床の部分を指すが、当時の「現代農業」誌で編集を担当していた栗田庄一氏は、1977年の連載開始時に、「操体ではなく、操体法、にしてもいいですか」と橋本医師に聞いたところ、いいと言われたので、「操体法のすすめ」という連載を始めたと言っている。この「操体法のすすめ」の連載が、後に「万病を治せる妙療法」となる。「法」という言葉を使ったことによって、テクニックの一部だと誤解される場合もある。
「操体」は大分類を指し、「操体法」は臨床の部分を指す
この3つの呼び方しているのは、操体法東京研究会の流れの操体指導者に限られて居る。何故なら、第2分析の介助・補助法と、第3分析(渦状波、刺激にならない皮膚への接触による無意識へのコンタクトを指導しているのは、操体法東京研究会のみだからである。
手関節、足関節への介助法・補助法を明確に指導しているところは殆ど見られず、多くは「どこに触れるのか」「どのように触れるのか」を曖昧にしたままになっているケースが多い。介助補助がしっかり「決まって」いないと、快適感覚のききわけは困難である。
第2分析(快をききわける)動診・操法を行う場合は、介助法・補助法、言葉の誘導、操者のからだの使い方の作法が重要になってくる。この基本をしっかりと学ぶことによって、操体臨床は生きてくるのである。
また、「第1分析」とは、「第1分析による、動診と操法」のことである。第2分析、第3分析も同様である。
操体は高橋正體術を源流としている。橋本敬三医師は、昭和3年(1928年31歳)の時、函館で高橋迪雄氏の高弟の矯正によって、友人の父が良くなったことを知った。そこで道場に出入りして勉強されたらしい。「痛い事しなくて治るだったら、こんないいことはない」。ということから興味を持った。
対なる動きを比較対照して楽な方に動かして瞬間急速脱力させ、2~3回くり返す。「楽」の分析である。
ちなみに、足関節の背屈は、膝窩を触診し、そこにある圧痛硬結を、足首を反らして瞬間的に脱力させることで解消するが、この操法には動診はなく、触診があるだけである。また、体幹の前屈、後屈など、全身が連動して比較的快適感覚を味わえる操法も存在した。これらの操法は、動きを比較対照させずに行っていたようだ。このことからも、「快適感覚は比較対照ではない」ということがうかがえる

