自分でできる、家庭でできるとは?

操体に興味があるという方の話を聞くと「自分でできるから」というお話をよく聞きます。

自力自療とは」もご覧下さい。


先日、私は仙台の奥座敷と呼ばれている秋保温泉の先、秋保大滝近くにある、慈眼寺に行ってきました。
慈眼寺の住職は、塩沼亮潤大阿闍梨です。吉野の金峯山寺で修業なさり、千日回峰などの厳しい
修業をなさった方です(慈眼寺は、お葬式はせず、お墓もない、ご祈祷をする修験道のお寺です)。


2016年12月、月に2回の護摩祈祷に参加してきました。

この時に「自分でできる、家庭でできる操体とは」ということを考えました。

 

お家に仏壇や神棚があります。
毎朝毎晩手を合わせます。知っているお経や祝詞の類を唱えることもあるでしょうし、
お水やお花、お菓子などを供えることは、お家でできることです。

これが、家庭でできる、あるいはセルフケアの操体だと思って下さい。

 

そして護摩祈祷の時などは、お寺に出向くとか、あるいは護摩木を書いて納めます。
私の家などは、お盆とお彼岸にはお寺の住職がお経をあげに来て下さいますし、つい先日は父の二十三回忌をお寺で行いました。

 

お坊さんに例えましたが、この、お坊さんが行うような法要や護摩祈祷、これが「操体の専門家の操体」だと思って下さい。

お坊さんも操体の臨床家も、それなりに修業を積んでいるからこそ、できることがあります。

 

密教系の本を読むと、なるほど、と思うことが書いてあります。
護摩祈祷の際、普段から仏様を拝んでいる方には、真言(マントラ)が伝わりやすいのだそうです。

操体も同じで、普段、家でできる範囲のセルフケアをしていれば、いざ、自分では手に負えなくなって、専門家の手を借りることになっても、良くなるスピードは速いのです。

 

家庭で日常的にできることと、日常的にできない、あるいは助けが必要な場合はやはり違うということです。
「操体は自分でできる」と言っても、それは「健康の度合いが自力自療に適う人」なのです。