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操体・操体法

「操体」あるいは「操体法」を説明するということは、なかなか大変なことなのです

それだったら、受けてみれば、やってみればいいのですが、やはり受ける前は色々心配があると思います。その前に、どんな事をするのか、どうやって治るのか、簡単に書いてみましょう

この宇宙には天然自然の法則というものがあり、それを知ると、健康で幸せに暮らせますよ、ということ

  • 天然自然の法則を知ること(息食動想)
  • 法則違反をすると、60%くらいまでは見逃すけれど、それを下回るとボディーが歪むということ
  • どこか悪いからボディーが歪むのではなく、ボディーが歪むから悪くなるのだということ
  • ボディーの歪みを正すには「きもちよさ」が一番のくすりだということ

この「きもちよさ」を味わうために、操体指導者はどんなことをするのかと言うと、診断分析を行います。操体臨床の95%は「診断分析」にあるといっても間違いありません。視診、触診などです。

2010年 Sotai Forum in Madrid でのデモンストレーション。膝窩(しつか)の圧痛硬結の触診。

  • 初診の場合は、緊張の緩和と診断分析のために、足趾の操法を行ったりする(当研究所)

足趾の操法のデモンストレーション。立位でベッド、床に正座して行うこともあります。普段は床に正座スタイルが多いです

  • 一つ一つの動きを、ゆっくりと表現していただく。操者は動きの安定や連動の促進、感覚のききわけを促すために、介助、補助、言葉の誘導などを用いて助けとする
  • 感覚をよくからだにききわけていただき、きもちよさがききわけられたら、そのきもちよさを味わう。

★きもちよく動く、のではなく、ゆっくり動いて、きもちよさがききわけられたら味わう、あるいはきもちよさをききわけた後に「きもちよくからだを操って」ということ。

同じくマドリッドにて(操者三浦先生、モデル畠山)。
左上肢を前方伸展(前に伸ばす)という動きをとり、快適感覚の有無をききわけている。

同上。被験者は伏臥位。膝二分の一屈曲位にとった被験者の両足底に介助を与え、この場合は右足を挙上させることによって快適感覚の有無を問いかけている。

2010年 東京操体フォーラム in 京都のデモより。足関節の内転。

同上。被験者の両手を外転に「決め」、挙上させる。この場合被験者は左手を挙上し、全身で表現し、快適感覚の有無をききわけている。後ろに立っている三浦先生の厳しい目線に注目(笑)。

  • 本人にしか分からない「感覚」をききわけていただくのが「診断(分析)」。ききわけたきもちよさを味わっていただくのが、「治療(操法)」。操体が自力自療というのもこのため。

★自分で動くから自力自療なのではない。自分にしか味わえないきもちよさを味わって良くなるので自力自療となる

この時、受ける人がすることは

  • ゆっくり動くこと
  • (自分にしかわからない)快適感覚をききわけ
  • (自分にしか味わえない)快適感覚を味わう

ということだけ。操者は色々忙しいのですが、受け手はリラックスしていればいいのです。
 

きもちよさがわからない、ききわけにくい場合は?

  • 最初は、足趾の操法などで「きもちよさ」をききわける練習をするのも効果的。足趾の操法は、それだけでもきもちよさを味わい、癒される臨床でもあります

急性の腰痛、あるいは動けないなどの場合

  • 皮膚へのアプローチ。刺激にならない接触によるアプローチを行います。引っ張る、押す、絞る、捻るなどの皮膚刺激ではありません。

何故、ボディが歪むのか

何故、ボディが歪むのか?

皆、ボディの歪みや、偏った姿勢が良くないことを知っています。しかし、何故ボディが歪むのか?という、ボディが歪む理由については

  • 姿勢が悪いから歪む
  • カバンを片側で持つから歪む
  • 猫背だから歪む
  • 性格?
  • 靴のせい?
  • 膝が悪いから?

など、今ひとつ理由を挙げることが難しいと思います。

「姿勢が悪いから歪む」と言えば、
「じゃあ、何で姿勢が悪くなるの?」
「猫背だから」
「じゃあ、何で猫背になるの?」
「う~ん、いつも背中を丸めて歩いているから」
「じゃあ、何でいつも背中を丸めて歩いているの?」
「う~ん・・・・」

操体では、ボディの歪みを正すことによって、二次的に症状疾患を解消することを目的にしているので、何故ボディが歪むのか、という問いに対しても明確な答えがあります。

生命エネルギーのインプットとアウトプット

人間には、他者に代わってもらえない、自律可能(コントロール可能)な営みが4つあります。

  • 息(呼吸)

  • 食(飲食)

  • 動(身体活動)

  • 想(精神活動)

 

これらの4つの営みのうち、「息」と「食」は生命エネルギーのインプット(入力)と言います。「動」と「想」は、生命エネルギーのアウトプット(出力)と言います。呼吸と飲食は入力であり、身体活動と精神活動は、活動なのでアウトプット(出力)になります。

この4つの営みは「同時相関相補連動性」と言います。

文字の如く、お互い相関し、補いあい、連動しています。

呼吸を例に挙げてみましょう。
立位で呼吸を試すと、足底にかかる体重が移動するのがわかると思います。息を吐くと体重がつま先側に寄り、吐くと踵側に移動するでしょう。また、深呼吸をすると胸郭(肋骨)が動きます。肋骨は脊柱を柱とした鳥かごのような造りになっているので、肋骨が動くということは、脊柱も動いているのです。

面白いのは、どれかの営みが良くなると他も良くなってきて、どれかが悪くなると他も悪くなってくる、という法則です。

操体は、主に「動」を扱うように見えますが、実はこの4つのバランスを診ているのです。現在は、呼吸(呼吸法など)の専門家、食養の専門家、身体運動の専門家、心理カウンセラーやセラピストなど、「息」「食「動」「想」それぞれに専門家がいますが、操体は「息食動想」を別々のものとしてみているのではありません。むしろ一つの事だけに固執するほうが不自然です。もっとも、からだ(自然法則)は、どれか一つの営みが良くなると、他の3つのバランスも高めてくれますが、「固執する」というのは、身体に負担がかかる運動を「努力」と称してやったり、無理な食事制限を行ったりすることです。

原始感覚

原始感覚とは、「快か不快かをききわけるちから」のことです。先程の「固執」にも通じてきますが、自分の感覚を信頼せずに、文献やデータなどを鵜呑みにするのも固執です。現代人は原始感覚が鈍りがちです。特に最近は「食」の情報が氾濫しているため、何が自然なのかわかりにくい状態になっているのではないでしょうか。

例)

からだは穀物を求めているのに、情報に惑わされて特定の食べ物でダイエットをする
その人の体質だと、お酢は控えたほうがいいのに「お酢はからだにいい」と思い、飲み続けている

橋本敬三先生は、今昭宏先生が温古堂に出勤した初日(三浦先生も同席していたそうです)

「今君、患者には原始感覚以外教えるな」

と言われたそうです。これは「きもちよさ」「快適感覚」とも、「生命感覚」とも言い換えられるのではないかと思います。操体は「原始感覚を磨く」感覚の勉強とも言えるでしょう。

 

呼吸は4つの営みの中で、一番生命に直結している営みです。橋本先生の「万病を治せる妙療法」に、寝る前に床の中で行う『ハラの座った男になる法』というのが紹介されています。これは、寝る前にやる「鍛錬」です。呼吸は意識して鍛錬することもかのうですが、生きている限り、意識しなくても呼吸のシステムは働いています。「鍛錬」と「不随意的」は別々に考えるべきです。

橋本先生が現役の頃の操体を、私達は「第1分析」と呼んでいます。第1分析とは、対なる二つの動きを比較対照し、辛い方から楽な方へ動かし、可動域最大か、一番感じがいいところで動きをたわめ、2~3秒後に瞬間急速脱力に導くことを言います。

橋本先生が1976年頃にホテルオークラ東京で、セミナーをされた際の白黒の映像が残っていますが、それをみると、橋本先生も、瞬間的に脱力できない患者に対して、何度も力を抜かせているのです。つまり、瞬間急速脱力は結構難しいのです。そこで、力を抜かせやすくするために、「腰から力を抜いて」とか、「息を吐きながら力を抜いて」という指導をされていたそうです。

それがいつの間にか「操体は腹式呼吸をしながらやる」「腹式呼吸で力を抜く」というように広まったところもあるようですが、橋本先生ご自身は、後年近しい弟子達に、

「呼吸は自然呼吸でいい」

と言われています。これは、呼吸に意識を起きすぎると、感覚をききわけにくくなるからだそうです。

人間の食性と歯の数を考えると、成人で親知らずを除いて歯は全部で28本になります。そのうち門歯は8本、犬歯は4本、大臼歯、小臼歯をあわせて16本です。門歯は野菜、犬歯は肉、臼歯は雑穀、海藻、果物、芋類、豆類に適しています。この割合を考えると、

犬歯4:門歯8:臼歯16=肉1:野菜2:雑穀、海藻、果物、芋類、豆類4 という割合を導くことができます。人間の歯の数を考えると、肉類1に対して野菜2、雑穀、海藻、果物、芋類、豆類4が一番適しているのではないかということです。

私の師匠、三浦寛先生は、講習で「食」の講義の際、必ず「躾(しつけ)」の話をされます。昔はどこの家も丸いちゃぶ台があり、ちゃぶ台を囲んで食事をしていました。勿論正座で、姿勢を正して食べるのです。お箸の持ち方がおかしいと、お父さんから怒られます。迷い箸も勿論怒られます。だらだら長く食べていると正座している足が痺れてくるので「しびれをこくまで食べるな」と、怒られます。ちゃぶ台に肘をついても怒られます。食事の時間はマナーを教える躾の時間でもあったのだそうです。先生は、小さいお子さんがいる受講生には、ちゃぶ台での食事を勧めています。

 

食べ物に関しては、本人の体質や体調、住んでいる土地なども関係してくるので、「これがいい」「あれがいい」という情報に惑わされるのは危険です。「食」は原始感覚を磨くことができる場でもあります。

「頭で食べない」というのも大事です。知人の体験談ですが、若い頃玄米菜食をやったことがあるそうです。そうすると、肌は透き通るようにきれいになり、頭も冴えてくるのだそうですが、玄米菜食をしていない人に対して、見下すような気持ちになったので、やめた、と言っていました。他にも「友達を失うか、玄米菜食するか」と本に書いていた人がいましたが、食は心の問題にも深く関わっているのです。

ある機会があり、外国の方で、玄米菜食を実行している方に会ったことがあります。遠目に見ると確かに肌は白くてきれいなのですが、間近で顔を見たとき、正直言ってぎょっとしました。まだ30代そこらだと思うのですが、顔中皺だらけなのです。加齢によってできる自然な皺ではないのです。

からだにききわけて(原始感覚を磨いて)、好きなものを美味しくいただく、身の丈にあった食を取り入れていきたいものです。

身体運動の法則

★書きかけです

臨床とリラクゼーションの違い

操体は医師が創案したものであるから、「診断」と「治療」が必ず存在する。操体を学びに来る方々をみていると、最初は「治療法」(やり方)を覚えればいいんだろう、と思っているようだが、学びが進むにつれ、診断(分析)の大切さがわかってくるようだ。

つまり、いくらテクニックがあっても、診立て(診断・分析)がなっていないと思うような結果が出せないからである。

一時期は「整体院ブーム」で、整体院をよく見かけた。最近はリラクゼーションサロンが増えている。何をやっているのかというと、様々なヒーリングをやっているのである。

私は勿論ヒーリングを批判するつもりはない。自分の外気功をやっており、修めているからである(今は気功治療はやっていません。念のため)。

★世の中のリラクゼーションサロンと、臨床のどこが違うかと言うと、「診断するかしないか」である。 

ある指圧関係の本に『診断を伴わない指圧は単なる慰安行為である』とも書いてあった。指圧の学校でも「経絡は関係ない」と、単に押すこと、つまり診断抜きの慰安行為としての指圧を教えているところが多いそうだ。 


肩が凝った、といわれて「ハイ、凝ってますね~」と肩を揉むのは「慰安」(あるいはリラクゼーション)である。 何故肩が凝っているのか、その原因をつきとめ、治療計画をたてるのが「臨床」である。
その原因は、肩ではなく、足首かもしれない。橋本先生の本にも、肩こりは足首の処置でよい、と書いてあるものがある。

確かに、多くの方は、「あの、痛いのはそこじゃないんですが」というが、実際痛み(症状疾患)が起こっているところは、あくまでも「結果」にすぎない。そこが痛いから悪いのではないと診るのである。

その原因は、息食動想のアンバランスから来ているから、それに対してアドバイスをするのが私達操体プラクティショナーである。

世の中の人の多くは「慰安」と「臨床」の違いには余り気づいていないのだが、この2つは似ているようで似ていない。 

なお、操体は劇的に効果がみられる場合もあるが、やさしく、漢方薬的なのが大凡の特長である。


 

病気になる順番と治る順番

操体では、西洋医学の「病気になる順番・治る順番」とは順序を逆に捉えている。

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目的に応じた操体とのお付き合い

操体の3つの場

まず、操体って何だろう?と思ったらまず受けてみて下さい。色々なサイトもあります。でも、注意していただきたいのは、「操体をやっています」といっても、色々だということです。

操体を受ける場合、大きくわけて3つの場があります。

  • 患者と操者が一対一で向き合う臨床
  • スポーツクラブ、カルチャーセンターなど、指導者が不特定多数を口頭指導する場合
  • 自宅や職場など、自力自動のセルフケアを行う

もうひとつ、操体に関わる場合の分け方として、操体の学び方、というものがあります。

  • 患者として、どこか症状疾患を抱えていて、操体を受けたい。そして自分でセルフケアできるようになりたい
  • 手技療法、鍼灸師、柔道整復師、指圧あんまマッサージ師、理学療法士、をやっているが、操体を学びたい
  • 手技に関しては素人だが、操体を勉強して操体のプロになりたい

 

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操体の世界は非常に不思議なところがあります。本来はドクターが臨床でやっていたものなのですが、(1)の人口が非常に多いため、「操体とは健康体操だ」と思われている節もあるのです。

(1)の場合は、各地に「○○操体の会」というのがあり、生活の中に活かせる操体を広めています。ヨガや体育の先生で、ご自身が操体を学び、それを生徒さんにやってあげたい、という方もおられますが、その場合、やはりある程度時間をかけて学ぶ必要があるでしょう。

自分でできるようになるのと、他者に指導できるのとでは、スキルの差が違うのです。自力自療について

(2)の方々は、国家資格あるいはスポーツ系の資格や手技療法の勉強、臨床経験をある程度積んでから勉強をするので、その分時間的には有利です。しかし大抵は「症状疾患別」という勉強の経験があるため、操体の「症状疾患にとらわれない」「快適感覚をききわけ、味わう」というセオリーに最初はとまどう場合もあるような気がします。

(3)の、手技療法に関しては素人だが、操体を専門に勉強して、操体のプロになりたい、という方々がいらっしゃいます。本来は(3)の、まっさらな状態から操体を勉強するのが一番いいのですが、視診触診、生理学の勉強などが臨床家としてのコアスキルが不足しているため、勉強には時間がかかります。

操体の効用・適応症


操体は何に効くのか?

操体は何に効くのか、と聞かれることがあります。また、世の中には『○○に効く操体法』という本もありますし、『この症状にはこの操法』という本もあります。また、学校では対症療法的(症状疾患別)の治療法を学ぶので、「????」と思うのは当然かもしれません。

出版社に聞いてみたら、読者も『○○に効く!』と書いてある操体の本に興味を持つそうです。例えば「腰痛に効く操体法」や、「膝の痛みに効く操体法」という感じです。

橋本敬三先生の著書に万病を治せる妙療法」、とありますが、まさに「妙療法」、それが操体です。

 

操体には「症状疾患別」という考え方はない。

実は、『○○に効く操体』というのは、本来存在しません。それは、操体が『症状疾患にとらわれない』という診方をしているからです。これは、操体が『ボディの歪み』という捉え方をしているためで、ボディの歪みを正せば、二次的にその人が抱えている不調が改善されていく、というものです。

「○○病を治す」という発想ではなく、生活の中のまちがいからおこる歪みを正す、つまり健康の基本を調整することでいろいろな愁訴がよくなってくるのです。

そして、そのボディの歪みを正すのが『きもちよさ』なのです。

私が開業した15年前や、ホームページを立ち上げた12年前は、よく『私の椎間板ヘルニアは治りますか』とか『○○に操体は効きますか?』という問い合わせをいただきましたが、最近は殆どありません。「症状疾患にとらわれず、ボディーの歪みで診る」という操体の考え方が少しずつ浸透しているように思います。

操体は抗生物質のような即効性を求めるものではなく、漢方薬のようにゆっくりと(遅効)はたらきます。

しかし、どこか辛い場合、痛みのある場合、どうしても「今、ここが痛いからここをどうにかして欲しい」と思うのも事実です。操体の専門家は引き出しがありますから、それらを動員して臨みます。
 

からだは、きもちよく治りたがっています。まずはボディの歪みを正す

 
■ご質問も多いので 今までの経験例を挙げてみました。先輩方の経験も
 
まず、ボディーの歪みを正すことによって、二次的に症状疾患を改善するので、操体では「姿勢をよくする」「ボディーの歪みを正す」というのは、基本中の基本です。
他力的な矯正法でO脚が治ったり、歪みが解消したりしますが、操体は「痛くない」「きもちいい」アプローチで歪みを改善します。
 
  • 他力的な治療法を受けて、かえって痛めてしまい、からだにやさしい治療法を探していた
  • 余りからだに触れられたくない
  • 痛みや恐さではなく、きもちよく治りたい
  • ボディーの歪み(姿勢、脊柱、骨盤)
  • 股関節など、からだの歪みが気になる
  • O脚
  • 歩行時の悩み
  • 側湾症
  • 姿勢がわるいと言われる
  • 猫背
  • 痛み(急性の痛み、慢性の痛み、打撲、以前怪我をした場所)例えば腰痛、膝の痛み、膝に水がたまる、正座できない
  • 急性、慢性の腰痛、ムチ打ちの後遺症など(ぎっくり腰、首、腕、肩の痛み、足の痛み、そけい部、股関節周辺の痛み、歩行時の痛みなど)、寝違え
  • 便秘
     
  • 皮膚、アレルギー系のトラブル。喘息、アトピー、帯状疱疹、多発性硬化症、膠原病、リウマチ。橋本敬三先生の書籍には、筋ジストロフィーの患者さん、エリテマトーデス(紅斑性狼瘡)の患者さんを診て、著効をあげたという話も書かれています。
  • こころのいたみ。生きているということは、たまに「痛いなぁ」と思うことも。操体はからだからこころ、こころからからだへのアプローチに最適です。
  • 心身症。皮膚へのアプローチは、試みる価値があります
  • 不定愁訴(緩慢な痛み、睡眠障害)。
  • 不眠症
  • 病院との通院と並行して (操体は、刺激療法ではありませんから大丈夫です。ドクターに勧められてという方もいらっしゃいます)
  • 顎関節のアンバランス(噛み合わせの治療に操体を用いているところもあります)
  • リハビリテーション(怪我、手術後)
  • 声楽、楽器の演奏、スポーツや武道、ダンス、その他からだを使う行為に対するメンテナンスとコンディショニング
  • パフォーマンスの向上
  • 身体のバランス(コンディション)の調整、歪み、アンバランスの調整、からだが固い、など。例えば、顔面のアンバランス、ボディに歪みがあるということは、顔つきなどにも明らかに反映します。
  • あまり書いていいものか分かりませんが、ダイエット。美容と若さのキープ。そう言えば操体をされている諸先輩方、お腹が出ている方はほとんどいません。大抵スリムです。これも操体の効用かもしれません。なお、体重は変わらなくても痩せて見えるようになたという方もおられます。
  • 妊娠時の腰痛、ケアなど(外的刺激ではありません。きもちよさに従って操法をとおしてゆきます。先輩方の経験によると、逆子が正常に戻ったというケースも多々あるそうです)
  • 産後の腰痛
  • 橋本先生の本に、子供ができない女性に「赤ちゃんができたらお赤飯をもっておいで」と言ったところ、本当に持ってくる、という話が載っていました。
    • 私のところにも不妊でお悩みの方が来られたことがありますが、たった一度操体を受けただけで、即妊娠というわけではありません。ある程度の時間が必要です。
  •  
  • 乳児、幼児などの健康相談。操体には、ご家族が赤ちゃんやお子さんにしてあげられる操法があります。

  • 通常の運動でも第1分析でも「成長ホルモン」(つまり、アンチエイジングにも効果があるホルモン)は分泌されますが、分泌後急に分泌量が落ちますが、第2、第3分析以降、つまり「きもちよさ」を味わう診断分析になると、成長ホルモンの分泌はゆるやかに長くつづくそうです。つまり、第2第3分析以降の動診操法は、アンチエイジングにも期待できるということです。

なお、私もそうなのですが、操体に出会うと、色々な意味で人生が変わります。それは、操体が単なる「治療法」ではなく、『息食動想』を全て網羅した、生き方の指針でもあるからです。

操体は実践哲学とも言えましょう。

Don't think. Feel. ブルース・リーの有名な映画の台詞の素敵な訳がありました。

『頭で考えるな。皮膚で感じろ』


操体で体験する「イイコト」

操体を受けたり、学ぶことによってこんな「イイコト」が。

症状、疾患が解消するのは勿論ですが、操体はそれだけではありません。「こころの平静」「アンチエイジング」などもその一つです。

まずボディのバランスを整える(修得すれば自分でもできます)ので

姿勢がよくなる

身体運動の法則(からだの使い方、動かし方)が身に付く。

身に付くとどうなるか。

  • 作業効率がよく、疲れにくい
  • フォームが美しい

という、万事(スポーツでも芸事でも家事でも何でも)に応用できる「作法」が身に付きます。
一生使える宝物と言ってもいいでしょう。

原始感覚が目ざめる、感覚がするどくなる

原始感覚とは「快か不快かをききわける力」のこと。この感覚が鈍っているのが現代人です。
鈍っているために、自分のからだの声(不調や異常、あるいはきもちいい、という感覚)を
ききわけにくくなっています。

操体の創始者、橋本敬三先生は、晩年「動きよりも感覚の勉強をしなさい」と言われました。

操体をからだにとおしてゆくことによって、原始感覚が目ざめ、するどくなります。

原始感覚が目ざめる、するどくなるとどうなるか

  • きもちよさをききわけ、味わえるようになる(つまり、自力自動、自分で自分を治せるようになる)
  • 食欲をはじめ、からだの要求に素直に従えるようになる
  • 自分の「軸」ができる

快適感覚(きもちのよさ)によるからだの変化

 

  1. 顔色(血色)がよくなり、表情が明るく穏やかになってくる。
  2. よく眠れるようになり朝の目覚めがよい(快眠)。
  3. 口にするものがおいしく食欲が出てくる(快食)。
  4. つうじがよく、気持ちよく便がでる(快便) 。
  5. 全身の血行がよくからだにみずみずしさがもどってくる。
  6. からだが温かく、寒さ暑さが気にならなくなる。風邪を引かなくなる。
  7. 発汗がよくなり、手の荒れがなくなって、皮膚がなめらかになる。
  8. 利尿がよくなる。
  9. 唾液がよく出る。
  10. 足の冷えがとれ、素足でいることが気持ちよく感じる。
  11. 疲労感が少なく、全身が軽くなる。
  12. 気分が爽快となり、なにか満ちたりて充実した気分になる。
  13. 目に入るものが明るく濃く、新鮮に見えてくる。
  14. 視線が上向き、一点に集中できる。
  15. 視線をそらさず相手の話を聞くことができる。
  16. 自分の考えや思いを率直に伝えることができてくる。
  17. 目の前の現象に腹を立てたり、不平不満をいわなくなる
  18. 言葉がやさしく穏やかになって、力強さが出てくる。
  19. 相手の立場がよく理解できるようになる。
  20. 心の中に対立するものを生まなくなってくる。
  21. 言葉をもたないイノチに心を向け、親しめるようになる。
  22. 感謝の気もちが芽生えてくる。
  23. 物事に対して前向きに意欲的に取り組む姿勢が出てくる。
  24. 物欲にとらわれない、あるがまま(ありのまま)の自分を表現しようとする。
  25. 動物的カン(直感)がするどくなる。
  26. 心の感覚器官が育ち、心は創造的になり、調和がとれ、十分に生きたいという意欲が湧いてくる

【快に従えばこうなる「快からのメッセージ」三浦寛 たにぐち書店 P77より】

 


 


 

自力自療とは

自力自療

自力自療、という言葉からは、自分の力で自らを治す、癒すというイメージが浮かびます。

これが何故か、いつの間にか、「自分で動けば治る」というように解釈され、操体というものは、体操みたいなものだ、という誤解を生んでいる場合があります。

自分で動くのが操体だとしたら、世の中のヒトは何故からだを壊したり、病気になったりするのでしょう。
自分で動くのが操体ならば、それにはある条件が必要です。

 

「感覚のききわけ」

操体の最大のポイントは「感覚のききわけ」を行うことによって行う診断(分析)です「感覚のききわけ」を、無視したものは、操体ではなく、単なる体操にすぎません。

それは、対なる二つの動きを比較対照し、どちらが楽かつらいかききわける、第一分析のこともあります。
一つ一つの動きに、快適感覚がききわけられるのか問いかける、第二分析の事もあります。
動けない場合などに皮膚に問いかける、第3分析の場合もあります。

★感覚のききわけに慣れていない場合には、指導者(操者)の補助が有効です。なので、私共のような操体指導者が存在するのです。最初は、感覚をききわける勉強から始め、それから自力自動(一人で行う)へと学習していくのが効果的です。


「快適感覚を、ききわけ、味わう」

感覚というのは、その本人にしかわかりません。
操体は、その人本人しかわからない感覚(例えば、動かしてみてどんな感じがするのか)を、からだにききわけ(診断に当たります)、味わう
(治療に当たります)、というプロセスをとります。

なので、ひとりでやろうが、二人でやろうが、百人でやろうが、指導者の口頭の誘導だけで行おうが、操者が存在しようがしまいが、変わりはないのです。

だから、自力自療なのです。


「きもちよく動く」のは、操法にはいってから。

  • 「楽」と「きもちよさ」の違いが分かっていない指導者が多いのが現状です。
  • 「どちらがきもちいいですか」、いきなり「きもちよく動いて」という指示を出す場合「楽」と「きもちよさ」の違いを理解されていません。
  • 操体以外の手技でしたら、それほど厳密に「楽」と「きもちよさ」の違いがついていなくても治療が可能な場合があります。しかし、操体は「感覚のききわけ」が一番重要なので、重要なポイントとしているのです。


最初からいきなり「きもちよく動いて」と言われても、わからないのは当然です。「きもちよく動いて」の指示の下には、ちゃんとした手順があります。

診断(分析)
一つ一つの動きをゆっくりと試してみる。そして、きもちよさがききわけられるかからだにききわける
「きもちよく動いて」ではなく、「ゆっくり動いて」感覚をききわけます

きもちよさ(快適感覚)がききわけられて、そのきもちよさを味わってみたいという要求の有無をからだにききわけます。きもちよさでも、味わってみたいという要求がない場合もあるからです。からだの要求を満たしていたら、そこからが「きもちよく動いて」「一番きもちのいいところまでからだのツクリを操って」「きもちよさを十分味わって」となります。これが操法(治療)です

きもちよさに全て委ねて、一番きもちのいいところで、たわめて、きもちよさを味わって、きもちのよさが消えた後のからだの要求感覚に従う(脱力)という道筋を辿ります。

自分にしかわからない感覚をききわけ(診断)、快適感覚があればそれを味わう(操法)なので、一人でやろうが二人でやろうが、三人でやろうが百人でやろうが、「自力自療」です。足趾の操法も同様です。

なので、私達は「一人操体」とは言わず「自力自動の操体」と言います。