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操体法東京研究会講習を受けて

操体法東京研究会(指導 三浦寛、顧問 橋本敬三)は
操体臨床家への登竜門です。
畠山もこちらで操体を学びました。
現在サブ講師で指導にあたっております。

操体法東京研究会 定期講習を受講して/先輩諸氏の声

操体法東京研究会に私が参加したのは、操体をはじめてから8年目のことでした。
当時はインターネットもまだ普及が始まったばかりで、
講習の案内は「医道の日本」の鍼灸専門誌に限られていたため、
参加者の殆どは、鍼灸師、柔道整復師、理学療法士などでした。
ところが現在は、ネットでの告知がメインになり、講習参加者の多くは、
これから操体の専門家を目指す一般の方(会社員など)が殆どになりました。

鍼灸師、柔道整復師、理学療法士、手技療法家は、視診・触診、解剖学の知識がありますが、全くの初心者の場合、
まず、解剖学、視診、触診などを学ぶ必要がありますが、そちらもフォローしております。

★視診触診講座など。


 

【2014年第79回講座の紹介文(畠山)】

最新の操体医学と臨床操体を学んでみませんか?

1978年開講、のべ1600名の受講生が学んだ「操体臨床家への登竜門」、
操体法東京研究会では、2014年7月、臨床家養成コースを開設いたします。

時代の推移(800年周期)に伴い、人々が抱える症状疾患の質はあきらかに
変化しています。
原理原則・本質はそのままに、時代に適応した、身心(みこころ)にやさしく、
なおかつ臨床効果の高い、最新の操体臨床を
操体の創始者、橋本敬三医師の直弟子、三浦寛から直接学んでみませんか?

第二分析 D2(快適感覚に基づいた動診と操法)、
第三分析 D3(刺激にならない皮膚への接触によるもの、渦状波※)は、
当講習でのみ、習得可能です。

1982年、操体の創始者、橋本敬三医師は現役を引退します。
その際、弟子の三浦寛に「きもちのよさで良くなる」と伝えました。
そして、後に「楽ときもちの良さは違う」とも言っています。

それまで操体は「二方向の動きを比較対照し、楽な方に動かして瞬間急速脱力に導く」という
楽な動きへの問いかけを行っていました。これを第一分析(D1)と言います。

その後5年間の実践と研究により三浦は、
「一つ一つの動きに快適感覚の有無をききわけ、その快適感覚をききわけることにより
ボディの歪みを正す」という、快適感覚(きもちよさ)を主体にした動診と操法を体系づけました。

現在「操体は快である」ということが一般的に通っていますが、
その殆どは「楽(な動き)」と」「快(適感覚)」、つまり可動域と感覚を混同しています。

「楽でスムースな動きが、果たして快なのか?」
実はそうではありません。楽な動きは「スムースで、バランスがとれていて、楽でなんともない」
場合のほうが多いのです。

本来、「運動差」(第一分析)と「感覚差」(第二分析)は、違いますが、
言葉のみ「快」「きもちよさ」を使っているものの、実際は「楽な動き」を分析しているところが
殆どです。

「楽な動き」と「快適感覚」の違いをしっかり学ぶことが、操体臨床家への道へ繋がります。

また、操体には盲点がありました。
動けない場合はどうするのか。例えばパーキンソンや寝たきりになっている場合。急性の腰痛など。
また、心身症など、こころの病にはどう対応するのか。
その答えは第三分析(D3)にあります。

期間が20ヶ月となっていますが、これは、操体が「テクニック」のみを覚えればいいということではなく、
診断分析法を学ぶためです。

例えば、慰安(リラクゼーション)には、診断という手順はありませんが、
臨床(治療)には、診断の後に治療というステップが必ず存在します。
操体の学びは、殆どが診断法の勉強だと言ってもいいかもしれません。
「やり方」だけ を短期間で習っても、診断ができなければ、役に立たないのです。

10数年前まで、受講生の多くが鍼灸師や柔道整復師などの専業者でしたが、
最近では、一般の方々で、操体臨床家を目指す方々が増えています。
初心者でも、しっかりサポートいたしますのでご安心下さい。

また、鍼灸師、柔道整復師、PTの先生などの専門家の先生方にとっても
即臨床に応用できる内容になっております。

なお、講習終了後も「塾・SOTAI」、東京操体フォーラムなどでフォローいたしますし
一般社団法人日本操体指導者協会が独立開業などのサポートを致します。

操体法東京研究会出身者(敬称略)
北村翰男(奈良操体の会)、巻上公一(パフォーマー、東京操体フォーラム相談役)
平直行(武術家、総合格闘家)など。

皆様のご参加をお待ちしております。

一般社団法人日本操体指導者協会 代表理事 畠山裕海

 

※ 渦状波(カジョウハ)。皮膚をつまむ、捻る、引っ張る、ずらすなどの刺激とは違う、
  刺激にならない接触によるものです。刺激とは異なる神経伝達回路を通り、無意識にアプローチし、
  臨床的効果は、身体的なものだけではなく、心身症などにも用いることができます。

  なお「渦状波」は、商標登録済みです。


 

「楽」から「快」への衝撃的な移行と
時代に適応した進化した操体との出会い
畠山裕海 (サブ講師担当)

私が最初に操体を習ったのは、
三浦先生の受講生のそのまた受講生だと知ったのは、
大分後になってからのことでした。

三年の間操体と手技療法をみっちり学び、
操体専門で開業しました。
ある時、自分がやっていることは、
「楽と快を混同しているのではないか」ということに
気付き、また、三浦先生に
「勉強したいのなら、僕のところに来なさい」という
言葉に「真実」を感じ、操体法東京研究会の
講習の受講を決めました。

ところが、当時私はすでに講習もやっており、
操体の本も出版していました。
周囲からは
「今までのやり方を変えるのはよくない」
「今までのやり方でいいじゃないか」
という猛反対を受けました。

しかし、私は操体の真実を学びたかったので、
「今までのやり方でいい」
「楽も気持ちよさも関係ない」という、
仕事仲間や受講生とは縁を切り、
全く真っ白な気持ちで、この講習に臨んだのです。

自分が今までやってきたことは、
言っては何ですが、
レベルが低かったことに衝撃を受けました。

「楽」と「快」の違いが
明確になっていなかったのです。

例えば「どちらが楽ですか、辛いですか」という
問いかけには、クライアントはすぐ答えられます。

ところが「どちらがきもちいいですか。快方向ですか」
という問いかけには「わからない」という方が
圧倒的に多いことがわかったのです。

 

そして、
きもちのよさは「探すものではない」ということ、
「ききわけるものである」ということを徹底的に学ぶとともに、
連動理論と、介助・補助法を学びました。

 

操体は、
症状疾患にとらわれない、
悪いところではなく、いいところを動かす」
きもちのよさでボディの歪みを正す
本人にしかわからない感覚を分析する

など、一般の手技療法からみると
「非常識」なところばかりです。

橋本敬三先生は
「自分のやっていることは、60年先
行ってるから、今理解されなくても仕方無い」と
おっしゃったそうです。

それから50年。

操体は「皮膚」の領域や
「無意識」の領域も自由に操ることができるようになりました。

進化し、深化している
最新の操体臨床を一緒に勉強しましょう。

お待ちしています。

 

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講習の模様


2014年6月

岩吉新 東京操体フォーラム実行委員 個人レッスン受講

「個人レッスン」

個人レッスンを通して学ばせて頂いた事は、この世界には自然法則があるんだということ。
そして天然に自在しているその法則に適ったからだの使い方、動かし方、呼吸、意識など諸々がここでは学べるということ。

またその法則から外れることにより心の不調、からだの不調、人生の迷い、己への迷いなどが生じてしまう事実があるということ。

操体は操体法という臨生だけではなく、更にその人の人生観も変化し進化させてしまうスーパー哲学・学問、生き方です。

きもちよさを味わうことによりからだのバランスがとれて、ココロのバランスも整う素晴らしい体験が出来ます。
その世界の一流のトップにならうことが、学んでいく上で1番好い事なのは間違いありません。

学べるうちに学ばないと。

チャンスは今だけかもしれません。
一生愉しんで学び続けられる操体という出会いに飛び込んで、ゆっくり触れ合ってみては如何でしょうか。


寺本雅一 東京操体フォーラム実行委員 定例講習受講
ようやく出会えた「イノチ」の鉱脈です

第77回指導者養成コースから三浦先生の講習に参加し、次いで個人レッスン、特別講習、そして現在も次のステージの講習で学んでいます。

操体と出会う前は色々なことに興味をもち、齧って、味わってきました。でも、どこか「からだ」と結びついていない感じ、「からだ」がおいてかれてしまっている感覚があり、それがずっと気になっていました。20代後半を迎え、からだの方もほのかに調子を崩し始めていました。

「このままでは、なにかいけないような気がする…」

そのことを、信頼し、尊敬している「超歌唱家」の方に相談したところ、「操体」と師匠を紹介していただきました。

優柔不断が顔を出し、最初は迷いもありましたが、受話器越しに三浦先生の「声」を聞いて、「よし、受講しよう」と決めました。「声」を聞いた時に、眠っていた「からだ」が震えたように感じたからです。

振り返れば、その時から操体の学びは始まっていたように思います。三浦先生の「声」を通して、「からだ」の声を聞いた。その未知なる「感覚」に従ってみようと思い、一歩を踏み出した。

あの時に感じた、からだの声は正しかった。あの「震え」は、「イノチ」が悦んでいた、その震えだったんだと、今は感じます。

操体法東京研究会の講習は、「イノチが悦ぶ」希有な学びの場です。

自分自身の中に眠っている「原石」の磨き方を、土台からしっかり学びたい。そんなことを、もしほのかに感じていたら、まずはその「感覚」に素直に従い、委ねてみる。

そこから思いきって「一歩」踏み出した時に、どんな感覚を受け取っているでしょうか。

是非、自分自身のからだを通して、味わってみてください。


三浦寛幸 東京操体フォーラム実行委員 操体プラクティショナー

講習・個人レッスンに参加した感想

「操体は一生愉しめるぞ」

これは操体を学ぶ前に三浦先生から頂いたコトバであった。

右も左も分からず、この学びの門をくぐった私は現在に至るまでの六年間このコトバの意味を毎日かみ砕き、ようやく三浦先生のコトバの意味が少しずつ理解出来るようになった。

三浦先生が言われていた通り確かに操体は一生愉しめる学問である。

それは操体には悦なる学びがあるからだと思う。その学びを得る悦びは操体が完成形ではなく、生き物のように日々進化し現在も形を変えているからなのだと思う。

私は毎年アシスタントとして定例講習に参加させて頂いているのだが、特にここ二、三年の講習は三浦先生が五十年近い操体の学びの中で掴んだ「真理」が凝縮された内容の濃いことを教えて頂いている。その点、近年参加された方は操体の「旨み」が味わえるのでラッキーなのかなと思う。しかし、その旨みも単発では深く味わうことが出来ない。毎日コツコツ操体と繋がり、それを何年と繰り返してこそ本当の旨みを味わうことが出来る。

つまり本物を掴むには近道はないということである。

「学びに必要なこと」

最近、常々講習や個人レッスンの場で私が感じていることがある。それは物事を頭で理解しようとする人と感覚的に掴めてしまう人がいることである。前者は頭が良い人に多い傾向なのだが、ある事象に対し「なぜこうなるのか?」と一つ一つ理由や答えを求めてしまう人である。逆に後者は「ああ、そうなんだ」とありのままを受け入れる人である。どちらのタイプが良い、悪いではなく私が講習の参加者を見てきた中でありのままを受け入れる人の方が操体を学ぶ上では必要なことだと思う。

なぜこういったことをこの場で書かせて頂いたかというと操体の学びに最も必要なことはありのままを受け入れることが出来る「素直さ」なのだと私は思っている。橋本先生や三浦先生が言われていることをその場で全て理解することは十年、二十年操体を学んでいる人でもそうそう出来る人はいない。しかし学びに来ているほとんどの人は頭で理解出来なくても感覚的に掴めてしまう。三浦先生は時折「話していることを理解しなくてもよい。感覚的に解かればよい」と声を掛けて下さる。それはありのままを受け入れる素直さと、それを毎日の学びの中で租借していきなさいというメッセージと私は解釈している。それは学びだけなく、人間が生命の営みを全うしていく上でもとても大切なことだと私は思う。

このように操体の学びで得ることは臨床の技術や哲学を学ぶということだけに収まらず、人間が生きていく中で本当に必要な「姿勢」を学ぶことが出来る。当時の私は橋本先生や三浦先生のような臨床家を目指すことを第一の目的にし、技術を体得することに捕らわれていたが、操体との繋がりを深めていくことで己の生き方や姿勢が変化することが操体の最大の魅力だと実感している。


三枝主公(個人レッスン、臨床講習、足趾講座)


「操体」という名を知り、三浦先生の著書に触れ、臨床コースの門を叩くまで2週間といったところでしょうか。
初めて三浦先生に電話をかけたときの緊張感が今となってはいい思い出です。
操体に出会った当時の「これは本物だ!」という想いは今も、現在進行形で日々深化しています。
この深淵なる操体・操体法を、現役の第一線で日々深化させ続けている三浦先生の元で学ばせて頂ける有り難さを日々かみしめています。
当初は、直感でいきなりこの世界に飛び込んだこともあって、からだの「か」の字も知らないような状態でしたが、先生方先輩方の丁寧な御指導のおかげで、予備知識がないことで困ることもなく学びを通してこれました。
受講にあたって知識や経験がないことが不安要素になっている方も、心配することはないと思います。

さらに、以前から原因不明の体調不良をかかえており、初期の頃などは、一回講習にいくと二週間寝込んでしまうような状態でしたが、終盤には臨床講習・足趾講座・個人レッスン等、週に3回、時には朝から夕方までのレッスン終えてもピンピンしていられるように変化していきました。

このように学びの中で自らのからだを通し、息食動想の調和をはかることの重要性を感じ取れた事も貴重な経験となりました。
この私の体験が皆様のあと一歩の後押しになれば幸いです。

幼少期の頃より「本当って何だろう?本物って何だろう?実際はどうなっているのだろう?」という問い・想いを抱え生きてきた私にとって、人生をかけて探求するに値するものに出会えたことは、まさに福音でした。

「操体・操体法」の創始者である橋本敬三先生、そして三浦先生には心から感謝しています。
皆様も今後広がりを見せていくであろう操体・操体法の最先端の現場で学んでみませんか?
正直、今から学ぶ人が羨ましいと思うほどに深化しています。
いつの日か学びの場でお会いできることを愉しみにしています。

それでは。

 


2010年12月
操体法東京研究会]は今年で36年目を迎えます。東京操体フォーラム三浦寛理事長が講師を務める当講習からは、数多くの操体法指導者を輩出してきました。この度、研究会出身者から『講習を受けて』あるいは『先輩諸氏の声』をご紹介致します。現在、操体法東京研究会では、『臨床コース』『指導者養成コース』、『個人レッスン』がありますが、それぞれ特徴があります。ご参考になれば幸いです。(協力:東京操体フォーラム実行委員 順不問)
 

みなさんには師匠がいますか?

操体医科学研究所 今 昭宏
 
私が三浦師匠(先生)の操体講習会を受講したのは昭和56年から3年間でした。毎月一回仙台から東京の三軒茶屋へ通ったものでした。
 
受講中、「こらーっ、そこぉ!」と私はときどき三浦師匠にしかられたものでした。
 
しかられるとなぜか嬉しいから不思議です。人生、ほめられたりしかられたりするから楽しいのだ。などとさとりました。みなさんどうぞおもいっきりしかられてみてください。最高に心地良いですよー。
 
さて三浦師匠の操体講習会は操体法の技術面もさることながら、橋本敬三師匠の「愛」のようなものを教わった気がします。
 
私はきっと本などを読んだだけではわからない、技術の裏側にある操体の「心」を味わいたかったのかも知れません。
 
うまく表現できませんが、どんなときも「師匠の心」を感じるということはとても幸せですし、ありがたいものです。
 
いやー、師匠っていいもんですねー。
 
操体医学研究所 今 治療室
〒981-3361 宮城県黒川郡富谷町あけの平3丁目15-18
TEL/FAX 022-348-5985
e-mail  a.kon@k7.dion.ne.jp 
URL http://soutai-kon.com/
 
 
 
 

操体は、自然法則の応用貢献である

中谷之美 (個人レッスン)
私は三浦先生との個人レッスンという形で操体を学んでいます。講習へは操体に関することや、日々の臨床に関する疑問や質問を全部持って向かいます。そして、その1つ1つに三浦先生からアドバイスを頂き、それに沿ったような講習をして頂くこともあります。そういった時間をとって頂けるのが個人レッスンの最も良い点であり、じっくりと操体を学びたいと言う方にはお勧めだと思います。操体は自然法則ですから治療法に関係なく応用が利きますので、学んで損はありません。
 
愉楽堂〒359-1106 埼玉県所沢市東狭山ヶ丘1-8-13 グランドールユー202
TEL 04-2965-6213
http://yuraku-do.net/
 
 
 
 

あなたは魂が震えるほどの喜びを味わったことはありますか?

理事・実行委員長 岡村郁生(指導者養成コース、個人レッスン)
 岡村郁生です。
 
『特講を受けての感想』。
 
患者に合わせ、症状に合わせ、お金に合わせ、日々臨床に迷い、治療効果に戸惑う。
それ程までに苦しみ、それ程までに自分を追い込んでも、納得出来ない日の臨床がありました。
 
普通の勉強会とは少し異なる講義に、固くならずに流れるように、操体の講習を受け入れるように、いつの間にか、からだに学習を通しておりました。
 
ここは自然法則を習う場です。
あなたは自然に委ねる学習を通して、イノチの営みを実感します。
橋本敬三哲学に始まって、操体臨床の応用まで、噛み砕いて、吸収することは、まさに元々救いが成るイノチなのだと、生かされし感動の螺旋階段を登っているのだと、意識出来るのです。
実感を持つことが出来るのです。
 
あなたは魂が震えるほどの喜びを味わったことはありますか?
受け入れる感動に心を鷲掴みされて、生き方が変わる瞬間を知っていますか?
快適感覚の真実を目の当たりにしたことが、本当にありますか?
それは、この講習に参加することから始まります!
 
未来のあなたへ、自分への希望という切符に夢馳せて、さぁ勇気ある選択を!
 
中継地点の駅にてお待ちしております。
 
操快堂
〒251-0861 神奈川県藤沢市大庭5348-8 ソレアード湘南101号
TEL/FAX 0466-88-9000
http://soukai-do.com/
 
 
 

症状疾患にとらわれていた自分からの解放

M.Y(指導者養成コース)
 
『講習を受講して』
 
私は操体と出会い、操体法定期講習会の操体指導者養成コースを受講させていただいたことで、臨床に携わる者として大きく考え方が変わる分岐点になったことは間違いないと思います。
以前の十数年は理学療法士として、病院やクリニックで患者さんの主訴である痛みと向き合ってきました。痛みに向き合うということは、痛みのある部位に対して疾患名がつき、その部位にいろいろの手技療法や物理療法またはトレーニングを行うということです。疾患名のついた痛い部位に、第三者である治療者が完全に介入することになるわけですから、痛みがあることでなかなかトレーニングができないとか、痛みの受容器でもあるポリモーダル受容器などを刺激することにより痛みが強くなってしまったなどの経験をしました。
操体法では、症状疾患にとらわれません。症状疾患にとらわれないということは、痛い部位に触らなくとも臨床が成り立つということです。しかも感覚のききわけは受け手のからだ(患者自身のからだ)にききわけていただくので、気持ちよさがあるのかないのか、味わいたいという要求があるのかないのか、脱力の方法はからだの要求に委ね、回数の要求があるのかないのか、これら全てをからだにききわけながら行います。からだがより質の高い快適感覚を味わうことにより、からだに必要な治しを付けてきてくれるので、治すことはからだに任せておけばよいのです。ただし、質の低い快だったり、第三者の決めつけの感覚や、不快の感覚では、からだは喜ぶはずはありません。より質の高い快適感覚をからだにききわけていただくには、動きの安定感・充実感が必要であり、それを促すためには第三者の操者(医療行為者)の重心安定や移動、介助・補助の与え方や、連動を理解し言葉の誘導、呼吸、目線などが必要になります。これらの一つ一つすべてに目的があるからこそ学ぶ必要性を感じます。
操体法定期講習会の操体指導者養成コースを受講させていただき、症状疾患にとらわれていた自分から、本当の意味でからだのためにからだを診せていただける操体に出会い、臨床が変わったことに感謝しております。
 
 

 

学びとは、自分自身で感じとる事。

相談役 平直行(個人レッスン)
 
『個人レッスンを受けて』
 
僕の操体の学び方は、三浦先生との個人レッスンでした。
思い返すと懐かしい、何故か緊張と共に、暖かさが思い返されるんです。
操体を学び始めて僕は気が付きます。
三浦先生が100だとしたら僕は0しかない事に。
1にさえなってないんです。
0は幾ら掛け算しても0のまま。
何しろいきなり最高峰と初心者ですから、全く違うんです。
何が何だか頭で理解しても身体がついていかない。
チンプンカンプンな学びの日々です。
プレッシャーを感じながら三浦先生から操体を学びに通う日々。
週に2回とか三浦先生の元に学びに行く。
前回学んだ事はもちろん未消化のままで。
一生懸命にやっても出来ない事ってあるんです。
それでも三浦先生の不思議な魅力に惹かれて通う日々。
面白いと何となく入ってくるんですね。
いつの間にか0は1になって。
全く入ってこなかった物が少しでも入って来ると変わるんです。
1から2になる、100の三浦先生から比べれば全くと言ったレベルでも。
2は1の2倍ですから、凄い嬉しいんです。
個人レッスンですから、何でも聞けるという恵まれた環境で僕は学び。
0が1になって2になって。
学びとは覚える事じゃないな。
そんな事を感じるようになってきたんです。
操体を学ぶという事は技術を学ぶ事じゃない。
技術はたった一つの状況にしか当てはまらないんです。
ホンの少しでも状況が変わったら技術も、その分だけ変化しないと付いていけない。
だから操体を学ぶという事は操体とはいったい何なのかを学ぶ事、自分自身で感じ取る事
そんな風に感じ出した時に操体は症状疾患に捕われない。
そんな事を三浦先生に教えて頂いたな。
僕は思いだして、そして感じて。
ようやく少し分って、面白さが増えて。
三浦先生はいつも始めに僕に臨床を実際に行ってくれました。
そして、技術を教える前にその際に感じた事をノートにメモするように指示してくれます。
頭でなくもっと深い部分で感じて操法の中身をまず感じる。
そこに始めて技術が乗っかる。
技術で患者が治るんならこんなに楽な事はない。
三浦先生に教えて頂いた事です。
綺麗にいつも当てはまる方程式があれば、どんなものでも学んで治せる。
実際にそんな物があれば僕はそっちを学ぶかもしれません。(笑)
それでも三浦先生には会いたいな。(笑)
実際にはそんな夢のようなものは僕は知らない。
操体には症状疾患に捕われないといった、特徴があります。
この道を歩んでいる人たちには夢のような特徴なんです。
技術ではない部分、もっと深い部分にそのコツがあるんです。
技術よりも深いものを学ぶには三浦先生は素晴らしい先生です。
深いものを学んで、学びを面白く楽しめるのが操体を学ぶという事。
操体には臨床を越えた部分の面白さが沢山あって。
実際の現場では臨床を越えた部分が、実は必要で大切なんです。
僕は三浦先生から学んだ事がツイテルそう思っています。
学校では教えてくれない深い部分が学べる。
学校で学んだ事以外が実は実際に使う時に必要になってくる。
僕は実際に臨床を行なってそんな事を感じています。
三浦先生から個人レッスンを受けた事は僕にとって大切な自信となり。
これからきちんと道を進む道標を頂いた。
胸を張ってこれからもっと学び進みたいと考えています。
 
大 (だい)操体法研究所
〒274-0065 千葉県船橋市高根台6-42-6
TEL 090-4363-0756
e-mail taira@strapple-taira.com
URL http://strapple-taira.com/
 
 
  
 

 

操体臨床家を目指す方にとっての登竜門です

常任理事 畠山裕美(指導者養成コース、臨床コース)
 
操体に出会ったのが高校二年の時でした。それから月日が流れ、何故かまた操体に巡り会い、最初に操体を習ったのは、三浦先生の教え子のそのまた教え子の方でした。私は「操体法治療室」を読んで操体を志そうと決心したクチだったので、最初に三浦先生のところに行くべきだったのですが、少し寄り道をしたおかげで、深い勉強をすることが出来ました。これも私に修行を積ませるための必然的偶然だったと思っています。
 
私の場合、操体法東京研究会の講習を受講する際、既に操体専門で開業しており、受講生もおり、操体の書籍も出していました。当時はパートナーがおり、痛みや硬結が取れればいいという、「圧痛硬結を瞬時に消去する」というのをやっていました。結果もある程度出していたのは事実です。しかしそれが、本当に『快適感覚をききわけ、味わう』という操体の理念に適っているやり方なのだろうか、ということに気づいたのです。また、三浦先生の勉強会(塾・操体)に、声をかけていただき、今まで自分が学んできたものとは、次元が違うことを確信しました。
 
パートナーは『今更(受講生もいるのに)何故三浦先生の講習を受けるのか』と、受講に対しては絶対反対の姿勢を示しました。また、当時教えていた受講生達からは「今更何で操体を勉強するんですか」などと言われましたし、中には『前にやっていた方がいい』と言って、私から離れていった方も居られました(この時、私に着いてきて下さったのが、現在東京操体フォーラム理事の福田氏、実行委員 森田氏です)。丁度『板挟み』のような状態で、そのような状況の中で悩んでいる時でした。
 
そのまま、あきらめて、パートナーに反抗せずに、おとなしく従っていたら、現在の操体臨床家としての私は存在しなかったと思います。
しかし、ある時三浦先生から『本当に操体を勉強したいのだったら、僕のところで勉強しなさい』という言葉をかけていただき、二つ返事で『ハイ』と答えたのを覚えています。
 
これが操体法東京研究会の門を叩いた経緯です。
途中様々な障害がありましたが、この決断は私の生活と人生を変えました。それまで住んでいた家を出ましたが(正確には追い出されたと言ったほうが正しい)、何の後悔もありませんでした。心置きなく操体を学べる、という深い喜びが勝っていたのです。今でも操体を学んでいるということは、私にとっては最高の喜びなのですが。操体を勉強して本当に良かった、自分の選択肢は間違ってはいなかった、と胸を張って言えるのです。それを心から実感できるのです。
 
あれから10年近く経ちますが、様々な目的と夢を抱いて操体の門を叩く方々は後を絶ちません。最初は「操体法」という治療法、あるいはテクニック、治し方を学びに来るのですが、そのうち気がつくのです。最初は「症状疾患にとらわれない」という意味にアタマをひねり、『楽』と『快』の違いにもアタマをひねることだと思います。思うように自分のからだが動かないかもしれません。しかし、練習を積んでいくうちに、ある日ふと、気がつくはずです。
  • テクニックや技法を学びに来ているのではないこと、しかし、臨床家として、結果が出せる実力が身についているということ。
  • 操体は自らの盲点をも克服して、明らかに進化・深化し続けていること、そしてその渦の中に自分が存在するということ。
  • 「自然法則の応用貢献」という意味の深さ。
  • そして、操体の最前線にいるのだという高揚感。
 
橋本敬三先生が弟子達に言われた言葉、『操体は面白いぞ。一生楽しめるからな』ということがよく分かってきます。目的に向かうのも一つですが、そのプロセスを楽しめるのが操体だと思います。
 
また、私には一つ理念がありました。
『何かを学ぶのだったら、その道の第一人者に学べ』。それに突き動かされたのかもしれません。これは間違いのない事実だと思います。操体臨床家を目指す方にとって、操体法東京研究会の定例講習は、登竜門です。特に皮膚へのアプローチのを学べる「臨床コース」は、操体の最高学府であることは間違いありません。
 
TEI-ZAN操体医科学研究所
〒134-0088 東京都江戸川区西葛西2-22-38-217
TEL 03-3675-8108
e-mail sotai@teizan.com
URL http://www.teizan.com 
 
 
 

 

真実の応用貢献をより多く成していく為の学びです。

 
実行委員 友松誠(臨床コース、指導者養成コース)
 
『講習を受けて。』
 
講習プログラムをご覧になると解ると思いますがこの講習は技術、テクニックを学ぶ為だけのものではありません。
真実の応用貢献をより多く成していく為の学びです。
健康と産業が結びついた一般的な考え方の知識や情報の多い人ほど、最初は戸惑いがあると思いますが、からだと真心はしっかり受けとめていくと思います。
ノートはキチンととっておいた方が良いです。
臨床の場で、あるいはそれ以外の場でも色々悩んだり壁にぶつかることが多いですが、そんな時ふっとノートを捲ってみると、解決への糸口や道しるべが記されていることが多いです。
 
からだバランス調整院 〒370-2212群馬県甘楽郡甘楽町福島779-7
TEL/FAX 0274-74-7667
e-mail karadabc@yahoo.co.jp
URL http://karadabc.com/
 
 

 

臨床家にとって大切な”自信”と”創造力”を学ばせて頂きました。

 
福田勇治 (臨床コース、指導者養成コース)
 
開業して7年に成りましたが、今が有るのは間違いなくこの講習のお陰です。
書籍とかDVD等では学ぶことの出来ない細かい臨床の現場での実戦力の部分をこの講習で学ばせて頂きました。
それと同時に、技術だけを教わるといった講習とは違い、臨床家として安心して現場で施術出来得る”自信”と臨床家にとって大切な”創造力”を学ばせて頂きました。
特に開業を目指す方にとっては必須の講習と言えます。
 
操体法 導軆力学研究所
〒699-0401 島根県松江市宍道町宍道1394
TEL/FAX 0852-66-7151
e-mail uji-fuku@ric.hi-ho.ne.jp
URL http://do-tairiki.com/
 
 
 

 

学ぶということを学ばせていただいた

実行委員 日下和夫(指導者養成コース)
 
『講習を受けて』
 
私は二年間、特講で学んだ。それまでに操体と名のつく本やビデオは網羅していて、これまでにも手技療法のスクールにおいて経験しているので、学ぶというのは知っているはずだった。
 
受講してみると、ここにはテキストというものがない。そして指導マニュアルみたいなものもないようだ。講習の内容はというと、純生というか、本生というのか、生の講習という言い方がふさわしい。
 
その生の講習を受け止めるには、受ける側の姿勢が重要であることを実感した。過去に集積した知識でもって先入観や固定観念ができてしまうと、理解したつもりが誤解であったりする。必ずと言っていいほど、理解するか、誤解するかのいずれかであった。誤解するなら、解らない方がよっぽどいい。解らなければ質問することができるのに、誤解すれば、解ったつもりでそのまま過ぎてしまう。正確に言うと解っているのか解っていないのかが分からないでいるのだ。
 
ご丁寧なことに「ここまでで何か質問は」と、いつも云われる三浦先生であるが、本当のところ、誤解している場合には質問が無いのである。
 
受講を続けていく中で、生の講習を受ける重要な姿勢とは、受け身に徹すればよいのだと気がついた。受身の姿勢が身に付くと、解っているのか解っていないのかがよく分かるようになってくる。
 
ここでの講習は、とても真剣な時間の流れの中にあって、そういった気付きを与えてくれるのかも知れない。操体はもとより、学ぶということを学ばしていただいた特講であったように思う。
 
北六甲操体院
〒669-8722 兵庫県三田市中町15-40 ティアラ1F
TEL/FAX 079-563-1820
e-mail osakasotai@ybb.ne.jp
http://kitarokko-sotai.jp/
 
 
 

歴史の最前線の立会人になるという事です

 
実行委員 半蔵(指導者養成コース、個人レッスン)
 
操体を学ぶなら、三浦先生です。
私は三浦門下で10年になりますが、間違っていなかったと確信しています。
師匠の在り方にも色々ありましょうが。三浦先生は「生涯現役」を宣言され、「操体は一生楽しめる」をそのままに生きておられます。
日々研鑽を積まれ、「一生お前達の先を走っているぞ。」と、いつもハッパをかけられます。
ここで学ぶということは、常に進化し続ける「操体」の歴史の最前線の立会人になるという事です。ワクワク、ドキドキします。
そういうものに御縁を頂戴して生きているということは幸せなことです。
 
 
 

 

 

意識を変える、次元を超える。

T.Y(臨床コース、指導者養成コース、個人レッスン)

 
 
はじめは操体は、新しい治療法のアプローチとして皆さん求めると思うのです。私も最初はそうでした。
 
「治療者として腕を上げたい」「効果が長続きする治療法はないだろうか」「患者さん自身が家でもできる養生法はないものか」そんな動機だったと思います。
 
しかし、臨床講習も回を重ね、理解を深めていくにつれ、操体が単なる治療法にとどまらないことに驚きを覚えました。今では、「操体はテクニックではない」「からだ自信にききわけた治しは根本的な治療であり、結果的に効果は長続きする」「操体の臨床は、どこでもどんなポジションでも、一人でも、症状疾患にこだわらず行うことができる」などなど、(気づいたことを書いていくとキリがありませんが…)操体が単なる治療法で終わるものではないということがわかります。
 
操体の臨床は、体験してみればわかりますが、どれだけその人のからだ自身の「なおしをつける力」を患者自身のからだが持っているのか、直接感じることができます。東洋医学も、「からだの声をきく」「自然治癒力を高める」という考え方がありますが、それでも「この先生に(他人)治してもらった」という気持ちになりがちです。しかし、カラダ、イノチには自らを治す力がこんなにあるんだ!という操体臨床の体験によって、「病気になったらどうしよう」という受け身の意識から「自然法則を理解し、それに従った生き方をすれば健やかでいられるのだな」に変化するなんて、目からウロコですよね。
 
この意識の変化を、患者さんに伝えられたらな、と。操体の施術者としての目標は、今ではこんな感じです。
確かに、一般に操体を学ぶ時には、以上に示したような変化はすぐに感じられないかもしれません。特に本を読んで自己流でやってみるのでは早々に行き詰まるでしょうし、操体とは別物になってしまう可能性も多いにあります。しかし、講習を通して、師匠の姿をみて、仲間と学び、変化を自身のからだで「なおる」体験することで、いろいろな部分で意識が変わって行きます。意識が変わると、それまで悩んでいたことも飛び越えてたりするので、面白いですよ。
 
意識を変える、次元を超える。
 
そんな体験をしていただきたいと思います。
 
 
 

今、学生の頃より真剣に勉強をしています。

F.K(臨床コース、指導者養成コース)
 
 
三浦先生の講習を受ける以前は、漠然と怖い!という印象がありました。
「できないとモノが飛んでくる」
などなど外野からいろんな根も葉もない噂を耳にしていたので、興味がありつつ躊躇していました。初めて講習会に参加する機会をいただいたときは、前日は寝られず、本を何度も読み返し予習していました。
カッチコチながら元気よく挨拶したところ、厳しさの中にも暖かいやさしい目に感動しつつ拍子ぬけしました。
「あの噂は一体何?」「講習を受けてもいない人がなんでそんなことを言うの?」
周りの決め付けに腹が立ちました。もちろん自分にもです。そもそも操体は決めつけるものではありません。勝手な思い込みを反省しました。躊躇している人がいたら、大変もったいないです。
実際に私の治療所に「三浦先生はどんな人か?」と遠回りして聞いてくる人がかなりいます。そんな面倒なことはしないで、どーんと飛び込んでほしいです。
 
私はカルチャースクールでウォーキングや簡単な操体を教えています。そこで実践の中から、こんな動きもある!こうするともっと簡単に操体を広められるんじゃないか?ということを少しずつまとめてカタチにしていきました。カタチにするだけではなく、書籍にしたい!そんな気持ちがふつふつ湧いてきました。
企画書をまとめて、ビクビクしながら三浦先生に意見を伺いました。
「いいんじゃない?」
にっこり微笑みました。そして監修をお願いしたところ、快諾していただき愛ある指導のもと、本を出版することができました。愛のある監修でした。
ただ怖いだけのセンセイなら、きっと認めてくれないと思います。
新しい広がりを認めて、見守ってくださる、真剣にぶつかると真剣に返ってきます。
今、学生の頃より真剣に勉強をしています。とても充実しています。
 
 

知識ではなく、頭ではなく、肌で感じて頂きたい

A.K(静岡県)(指導者養成コース)

『温故知新』。
 
操体を、そして操体法の過去・現在・未来を心とからだで学んでいます。
「心とからだで?」そうなんです、「心とからだ」なんです。多くの方に「知識ではなく、頭ではなく、肌で感じて頂きたい」そう思わせる講習会です。月2回の講習会は私にとってとても貴重な「学びの場」、そして今年2回目の講習を受講中です!
 
 
 
 

本当の本物の操体を学んで自分の財産の一つにして下さい。

 
T.N(神奈川県横浜市)(臨床コース、指導者養成コース)
 
『講習を受けて』
 
僕が講習を受けたのは数年まえですが、当時から今も変わらない想いで勉強しています。
治療として受けていた事を今度自分が実践する為に通いはじめました。
操体の理論で想念を通しての心の持ち方や“想い”という事、そして実技指導においては介助、補助の基本を何度も学びからだに学習させることを学びました。 そしてからだを動かして診ることの重要性もここで深く理解する事ができました。
毎回の講習での新たな気づき、発見は今でも貴重な財産となっています。
現在の講習においても、基本をふまえた上での最新の情報が惜しみなく教えていただけ、操体は一生学びつつける事ができるという事を深く感じています。
これから学びにこられるかたも必ず実感できると思います。本当の本物の操体を学んで自分の財産の一つにして下さい。
 
 
 

操体は一生楽しめる深甚な世界です

辻知喜 (指導者養成コース他)
 
講習を受けるに当たって、迷うのは、どのコースを選ぶかという所でしょうか。
これは日程で決めればいいんじゃないかと思います。
どれを選んだとしても、たった一年ではわからないですよ。
大事なのは学びたいという気持ち、学び続けるという意志だと思います。
実行委員も、何度も受け、塾・操体に勉強会にフォーラムにと精進し続けています。
 
辻の一年目は特講でしたが、実行委員も再受講で参加しており、結構な大所帯でした。
いろいろなレベルの中で学べた幸運で楽しく濃い時間でした。
操体は一生楽しめる深甚な世界です 。
まずはその一歩を踏み出して下さい。
共に学んでいきましょう。
 
 
 

予想もしていなかったいろいろな感動を得ることができました

 
A.Y 大阪府)(指導者養成コース、個人レッスン)
 
私は今年初めて『操体指導者養成コース』を受講しました。
先生はもちろん先輩方も親切で、下手な私にもとにかく丁寧に教えてくださいます。
講習では、からだの基本的な原理から教えてもらえるので、私と同じように患者さんのからだや自分のからだの捉え方に迷っておられる方も、ものの見方考え方が新しく開けてくると思います。
私自身も今回の講習で予想もしていなかったいろいろな感動を得ることができました。
もちろん治療法の勉強でもあるのですが、私には、からだを通して生き方を見つめ直す機会になっています。
ただ操体がとても大きなひろがりを持っているので、一年で理解することは私には出来ませんでした。
新しく受講を考えておられる方も、ちょっと長い目で操体を学ぶことを考えられた方がいいかもしれません。
 
 

こつこつ学ぶ面白さ

H.K(臨床コース、個人レッスン)

2007年の冬、三浦寛先生著作の「操体法治療室」を読んで操体を学びたくなった私は、当時京都の美山町で開業していた佐伯実行委員のところに施術を受けに行った。
施術が終わり、これは間違いないと確信した私は、佐伯実行委員にその場で三浦先生に電話してもらい、2008年の春からスタートする臨床コースを単身上京して受講することを決めた。当時24歳。

今思うと、この時自分でした行動と決断は大正解だったなと思うし、当時の自分に感謝している。

ところで、今では私より後に操体を学びに来る人達に対して「あまり焦らず、じっくり学ぶ姿勢が大事ですよ。」といっている身であるが、私自身も操体を学ぶまでは、何事においても目に見える結果を早く求めるタイプの人間だった。

例によって、臨床コースが始まったばかりの頃は、早く操体法で臨床をしたいと焦っていたものだった。
しかし操体を学んでいくにつれて、こつこつ学んでいく面白さを知り、その焦りは次第に消えていった。

その後、9カ月の臨床コースが修了し、さらに学びを深めたくなった私は、個人レッスン、足趾の集中講座を受講した。
この時はとても集中していた時期で、多い時では週に5日操体を学びに三軒茶屋に通う操体浸けの日々で、とても充実した時間を過ごすことができた。
また、操体は臨床のための技術だけに留まらず、息・食・動・想についてもしっかり学ぶため、暇を見つけてはからだを動かしてみたり、呼吸を通してみたりして1人で遊ぶことができる。

とどのつまり、ライフワークになってくるのだ。
こうやって地道にこつこつ学んでいくと、自分自身が日々少しずつ変わってくることに気がつくようになってくる。
例えば、3カ月前までの自分が、まるで遠い過去の自分の如く思えてきたりするのだ。
これが10年後、20年後、さらにもっと未来の脂がのりにのっている自分というのは、一体どういう状態なのだろうかと想像してみると、愉しみで仕方がない。
こうして操体を学んで以来、自分の将来を思う度に口元が緩んでしまうという現象が私には起こっている。
こんな生き方、最高にリッチだと思いませんか?

「操体は、面白いぞ、一生愉しめるぞ」と橋本敬三先生がおっしゃっていた言葉をこれからもかみしめ、存分に味わっていきたいと私は思っている。

 

講習を受けて

T.K(指導者養成コース、臨床コース)
 
私が操体法東京研究会の講習に参加させて頂くことになったのは、本当に偶々でした。

仕事の休みの都合で日曜日に通える所を探し、何となく選んだのが操体でした。三浦先生にお会いしてお話を伺い、実際に施術をして頂いて、操体を学ぶことを決心しました。今では「あの時、操体を選んで良かった。」としみじみ思います。他の療法を知らない私ですが、「施術者が治すのではなく、患者の体が自らを治す。操者はその手伝いをするだけ。」という操体法の在り方は、最も無理がなく自然なものだと感じます。

その自然の理に適った操体・操体法を学べる最善(最前)の場が操体法東京研究会の講習です。操体とはどういうものなのかといった理論から始まり、臨床における操者の介助・補助までしっかりと学ぶことができます。先生は優しく教えて下さいます。

触診が苦手な私に「絶対にできるようになるから、あきらめるな。」と声を掛けて下さったこともありました。また一緒に学んでいる先輩方も丁寧に指導して下さいます。初めの内は実感がありませんでしたが、今では「すごい所(最先端の場所)にいるんだな。」と感じています。ただ、操体は単なる治療法に留まらないものだけに、短期間で学べるものではありません。が、時間が掛かるということは、それだけのものを学んでいるということでもあると思います。

『何でも入る大きな器』である操体に是非とも触れて頂きたいと思います。
 

 

魂が震える学びの場

大石肇(指導者養成コース、臨床コース)
 
三軒茶屋までの往復4時間。月に2回の定期講習は私の貴重な学びの時間でした。
私が始めて三浦先生にお会いしたのは2008年の11月、秋の東京操体フォーラムでした。

「この人は武士のようだ。」それが私が三浦先生に感じた第一印象です。決して怖いという意味ではありません。それだけ真摯なのです。操体に対しても、生きることに対しても。

橋本敬三先生は85歳の時、「楽」と「快」は違うんだと確信します。でも橋本先生にはもう時間がない。だから後を弟子に託したのです。その意志を継ぎ、それをひたむきに追いかけ、更に深めて行ったのが三浦先生です。2人の人間が二代を通し、生涯をかけて積み上げられてきたものが「操体」です。それを思うだけで、謙虚な気持になります。

講習でも、橋本先生の意志のとおりに「楽」と「快」の違いを学びます。からだは「楽」ではなく、「快」を要求してくるのだと。

現代はとても便利な時代になりました。
欲しいものが労せずともすぐに手に入る時代です。少しでも簡単に、楽をして、早く・・。
食生活や教育、そして医療や癒しの世界にさえ、社会全体にそのような影が落ち、私たちはともすれば「楽」を追及してしまいがちです。

そのような生き方が本当にきもちよいのか・・。

自分の魂は、自分のイノチはそれを本当に望んでいるのかと、講習を受けているとそのようなことを考え始めます。

学んでいるのは決して技術だけではありません。生き方を学ばせていただいているのだと私は思っています。

大人になって、真剣に怒られたり、魂が震える話など、そうそう聞けるものではありません。

子どものように目を輝かせて何かを学べる幸せ・・。目を上げればいつでもそこに師匠が居てくださるという幸せ・・。「学ぶことが楽しい!」「嬉しい!」そう思えることの幸せ・・。

そんな幸せに感謝しながら、私は三軒茶屋に通っていました。そして今年もまた、引き続き私は定期講習に通わせていただきます。

三浦先生にも、橋本先生にも恥ずかしくない学び方をしたい。今は強くそう思っています。

定期講習は「魂が震える学びの場」です。学んでみませんか。あなたも・・。

三軒茶屋でお待ちしています。
 
 

操体法東京研究会定例講習を受けて

佐藤雅之(指導者養成コース、臨床コース)
 
 
「すべての出会いには意味があります。再会の場合も同じです」とは、とある方の言霊。私が「操体法」と最初に出会ったのは、書店で手に取った1冊の本「写真・図解 操体法の実際」だったと思う。立ち読み程度だったが、整体ではなく、操体法という言葉が、小さな言葉だが脳裏に残った。それから10年以上の経ち、会社を退職して鍼灸学校で学ぶ中で、再び操体法に出会う。仙台の温故堂で学んだことがあるという鍼灸の先生に、膝裏の触診(今思えばそれがヒカガミの触診)、膝傾倒の動診と操法、治療効果を消す実験(人体の極性を利用したものだと思う)を紹介された。実際に被験者になってみて、「腰と膝が軽い!何これ?」。如何に自分の体が不自由な状態であったかという気付き。この時が操体法に対するファースト・インパクトだった。鍼灸学校を卒業し整形外科でリハビリ業務をする傍ら、代償運動について勉強するために本を物色していると、またしても操体法の本に出会う。それが「操体法入門」、三浦先生の著書だ。身体の連動学、何のことだ? 過去の著書も読んでみる。最初に出会ったころの操体法の本とはだいぶ違う。良く分らんぞ? これがセカンド・インパクト。その後、講習の案内を目にし、迷いつつも電話をかけていた。丁寧に応対する穏やかな声に聞き覚えがある。ビデオの声?三浦先生?いきなりか!これがサード・インパクト。それから「操体法指導者養成コース」での学びが始まった。受講生と諸先輩も参加すると結構の人数だ。初めの4カ月の講義は、足がしびれてつらかったが、その後の実技は充実していた。不備があれば手取り教えても頂いた。贅沢な時間だった。ノートは100Pを有に超え、本には書かれていない操者の身体の動きやコツがぎっしり詰まった。それまで分らなかった本の内容や連動学も、講習の内容と照らし合わせながら考察し、使えるとは言えないが理解は深まり知識や財産となった。
操体には更に先があり、既に興味を持っている分野もある。それを学ばないわけにはいかなくなった。
「すべての出会いには意味があります。再会の場合も同じです」。時が満ちた今だからこそ、自分が必要としているからこそ操体との出会いがあったのであり、学ぶ理由もあるのだと思う。
 
 

講習を受けて

田中義弘(たなか整骨院)
 
これは、あくまでも、自分の個人的主観としてですが、講習を受けていた、2年間は、不思議な感覚の連続でした。
受講して、半年位たったころ、いつも通っている、駅前の不動産屋さんの前を通った時に、入る気は、なかったのですが、何か背中を押された感覚があり、そのまま中に入り、物件の話を聞く事に、開業は、考えていたので、予算と希望の広さを伝え、あとは、トン、トン拍子に話が進み、3ヶ月後には、開業までに至る事に。、
 
その後、患者さんの数は、右肩上がりに増え続け、1年経
過した頃には、経営も安定し、これで、 いけると確信しはじめた頃、何気なく、左の手のひらを見ると 真ん中あたりに、十字の文字が、もしや、これは、手相学で 言う「神秘十字」ではないのかと思い、本を購入し、調べてみると、間違いなく、「神秘十字」。
 
この本によると、「天職に就いた時に、現れる」との事、やはり、操体を取り入れた治療で、間違いなかったようで、それも三浦先生に直接ご指導して頂いたおかげで、本物の操体に出会い、不思議な感覚も体験し、自分にとって忘れられない、2年間でした。
 

 

講習を受けて

 
実行委員 三浦寛幸(指導者養成コース、臨床コース)
 
私が操体を学び約2年の月日が経ちました。
以前の自分は「学ぶ」という事の大切さ、有り難さを全く理解しておらず、ただ日々の仕事をがむしゃらにし、身体を酷使していました。
今、振り返ると心と身体は全然バラバラで自分の身体がこんなにも有り難く使える事への「感謝」の気持ちや、自分は「生かされている」という認識は全くありませんでした。
それがふとある事がきっかけで自分の身体や臨床家の仕事に興味を持ち、三浦先生のいるコーヒーショップを尋ね、色々お話をさせて頂きました。
その時、先生は1点を見据えながら「操体はいいぞ!操体は一生勉強出来る!そしてお前を裏切らない」この言葉を頂いた時に眼前に光がさしたようになり、何か救われた気持ちになったのを昨日の事のように覚えています。 
これが、私が操体を勉強するきっかけになったエピソードです。学んでからの2年の月日は最高の師匠や先輩方を与えてくれただけでなく、生命の営みの有り難さ、また、自分らしく生きるとは何か等、何者にも変えられない事を操体から教わりました。
最後に最高の師匠に出会い色々学べる自分は最高に幸せです!