操体は医師が創案したものであるから、「診断」と「治療」が必ず存在する。操体を学びに来る方々をみていると、最初は「治療法」(やり方)を覚えればいいんだろう、と思っているようだが、学びが進むにつれ、診断(分析)の大切さがわかってくるようだ。
つまり、いくらテクニックがあっても、診立て(診断・分析)がなっていないと思うような結果が出せないからである。
一時期は「整体院ブーム」で、整体院をよく見かけた。最近はリラクゼーションサロンが増えている。何をやっているのかというと、様々なヒーリングをやっているのである。
私は勿論ヒーリングを批判するつもりはない。自分の外気功をやっており、修めているからである(今は気功治療はやっていません。念のため)。
★世の中のリラクゼーションサロンと、臨床のどこが違うかと言うと、「診断するかしないか」である。
ある指圧関係の本に『診断を伴わない指圧は単なる慰安行為である』とも書いてあった。指圧の学校でも「経絡は関係ない」と、単に押すこと、つまり診断抜きの慰安行為としての指圧を教えているところが多いそうだ。
肩が凝った、といわれて「ハイ、凝ってますね~」と肩を揉むのは「慰安」(あるいはリラクゼーション)である。 何故肩が凝っているのか、その原因をつきとめ、治療計画をたてるのが「臨床」である。
その原因は、肩ではなく、足首かもしれない。橋本先生の本にも、肩こりは足首の処置でよい、と書いてあるものがある。
確かに、多くの方は、「あの、痛いのはそこじゃないんですが」というが、実際痛み(症状疾患)が起こっているところは、あくまでも「結果」にすぎない。そこが痛いから悪いのではないと診るのである。
その原因は、息食動想のアンバランスから来ているから、それに対してアドバイスをするのが私達操体プラクティショナーである。
世の中の人の多くは「慰安」と「臨床」の違いには余り気づいていないのだが、この2つは似ているようで似ていない。
なお、操体は劇的に効果がみられる場合もあるが、やさしく、漢方薬的なのが大凡の特長である。

